大阪のパン屋が香港のパンを勝手に台湾のパンだと言い出す

世間では台湾ロスが広がっているとのこと。私も1年近く台湾に行っていないので欠乏症がひどいです。

特に、今年12月に行くつもりで予定を立てていた萬華の青山祭に行けないのはほぼ確実なので精神的な落ち込みがひどいです。

それを多少なりとも紛らわせようとYoutubeで台湾の動画をいろいろ見ていると、台湾はすでにすっかり正常になっていて、飲食店も人で賑わっています。

そんな状況でも気を緩めず防疫態勢を崩さないのが台湾政府のすごいところ。
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陳其邁氏が圧倒的得票数で高雄市長に当選

6月に韓国瑜氏が高雄市の市長職を罷免されたのを受け、本日新たな市長を決める選挙が高雄市で行われました。

立候補したのは3名。

陳其邁:民進党

吳益政:台湾民衆党

李眉蓁:中国国民党

陳其邁氏は医師出身で、陳水扁政権時に当時の謝長廷高雄市長が行政院長に引き抜かれた後に代理市長に抜擢されました。2018年に行われた高雄市長選挙で立候補したものの、韓国瑜氏に惜敗。その翌年、当時の賴清德行政院長が総統選への出馬を表明したため辞職したあとを受け成立した蘇貞昌内閣で行政副院長に就任。

武漢肺炎の防疫において、医師であり、かつ公衆衛生の専門家でもあることを活かし、指揮官の陳時中氏を政権内部から強力にサポートしました。

吳益政氏は、親民党籍の高雄市議でありながら、柯文哲台北市長が立ち上げた台湾民衆党にも参加。二重の党籍を持ち、今回は台湾民衆党から出馬しています。中国との関係については、台湾は主権を持ちつつ中国と連邦となることを主張。九二共識を認める立場であったものが、高雄市長に立候補するとともに九二共識はすでにない。つまりかつてはあったものの、現在は存在しないという主張に変わっています。しかし、親民党籍であることから親中的な立場であることは明確です。

李眉蓁氏は国民党籍の高雄市議で、今回国民党からめぼしい立候補者がいなかったため候補に据えられたといった形。国民党として一応候補は出したものの、勝てる見込みがない選挙に捨て駒として使われたものと見られます。

本日行われた投票で、李眉蓁氏24万8478票、吳益政氏3万8960票、陳其邁氏67万1804票と他の候補に圧倒的な差をつける得票数で陳其邁氏の当選が決まりました。

李登輝先生のご遺体が火葬へ

本日8月14日、7月30日に逝去された元台湾総統李登輝先生の火葬が行われました。

李登輝先生は戦後キリスト教に入信し、敬虔なクリスチャンであったため、台北市内の長老教会に属する濟南教会で慰霊の儀式が行われ、棺を乗せた霊柩車は総統府の周囲を一周した後に火葬場に向かいました。

李登輝先生の奥様である曾文恵さんは式には出席せず、ご自宅で遺骨が帰るのを待ったとのこと。

蔡英文総統はFacebookに「ありがとうございます李前総統、民主台湾は私達が続けて守っていきます」という感謝のメッセージを載せています。

また、台湾を訪問中だったアメリカ政府のアレックス・アザー保健福祉長官は台北賓館に設えられた慰霊所を訪れて献花し「李総統の民主遺産は永遠にアメリカと台湾の関係を前身させていくことでしょう」というメッセージを残しました。

アザー氏は11日に行われた講演会で、李登輝先生を民主主義の礎を台湾に根付かせた偉大な英雄だと称賛しています。

李登輝先生の遺骨はご自宅に安置され、告別式は来月行われる予定です。

李登輝先生が逝去

台湾元総統李登輝先生が本日7月30日台湾時間19時24分(日本時間20時24分)逝去されました。

李登輝先生は今年2月に牛乳を誤嚥し、肺炎を起こして入院。治療を続けていました。

本日午前9時半ごろ、状況が悪化したとの知らせを受けた蔡英文総統、頼清徳副総統、蘇貞昌行政院長が病院を見舞い、最期のお別れをしたようです。
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宗像隆幸先生逝去

昨7月6日、台湾独立運動の重鎮・宗像隆幸先生が逝去されました。

宗像先生はいわば王育徳先生の弟子とも言える人物で、王先生がつくった台湾青年社に参加。1960年代より台湾独立運動に関わってこられた非常に重要な人物です。

1960年代にも、今で言うネトウヨのような連中が存在し、浅い単純な脳で単に共産中国への対抗軸として蒋介石を支持するという知能が低いことをしていました。

蒋介石が、日本時代に築き上げられた様々な財産を独り占めするために、日本に対して賠償請求を放棄したことに対し、その真意を理解できずに感謝していたバカもいました。

そんな時代にあって、宗像先生は蒋介石政権の白色テロに蹂躙される台湾の実情を理解し、台湾人のために中華民国による占領状態を打破して台湾を独立に導くために尽力された稀有な日本人です。

また、彭明敏先生の台湾脱出を成功させたキーパーソンの一人でもあります。

まず日本の都合を先に挙げて、そこから台湾独立を支持しているような半端な連中とは異なり、台湾人のためを第一に考えて台湾独立運動に尽力されてきたのが宗像先生です。

宗像先生は1936年生まれ。享年84歳。衷心よりお悔やみ申し上げます。

これほど重大な人物の訃報が、日本では報じられていません。私はFacebookで流れてきた情報から知りました。そのへんのところが本当にどうしようもないと思います。

陳菊氏が監察院長に任命される

台北駅前の忠孝西路を少し東に行くと中山路に突き当たります。この中山路を境に、忠孝路は忠孝東路となり、また忠孝路を境に中山路は中山北路と中山南路に分かれます。

つまり、忠孝路と中山路の交差点は台北の道路の中心だと言うこともできます。

その交差点の南西の角にこぢんまりとした古い建物があります。

これは日本時代に台北庁の庁舎として建てたもので、現在は台湾の文化遺産に指定されています。

しかし、文化遺産でありながらもまた現役の庁舎でもあります。

現在この建物は、台湾の監察院庁舎です。

監察院は、国を監察する機関です。公務員や国の機関に不正があったと認められれば弾劾する権限を持ちます。その観察の権限は総統にまで及びます。

その監察院院長に、第二期蔡英文政権発足にあたり秘書長を辞していた陳菊氏が任命されました。

本日6月22日、陳菊監察院長は記者会見に望み、民進党を離党して全ての政治活動から身を引くことを宣言しました。

監察院は国の監視機関であり、完全な中立である必要があります。

陳菊氏は、民進党が結党される以前、美麗島事件からの生え抜きで、民進党との関わりは非常に深い人物ですが、今回監察院長に任命されたため、公正な立場となるために民進党に籍を残しておくわけにはいかず、古巣から去ることとなりました。

台湾が武漢肺炎ウイルスのみならず口蹄疫克服にも成功

口蹄疫は主に鯨偶蹄目の動物に伝染する家畜伝染病です。

台湾では1997年に新竹で養殖豚に口蹄疫が発生し、それ以来国外への豚の輸出ができなくなっていました。

しかし、24年にもわたる口蹄疫撲滅対策がやっと実を結び、口蹄疫の克服に成功しました。

1997年以来の対策は、まず感染した豚の殺処分から始まり、家畜へのワクチンの摂取が行われてきました。

そして、2018年にワクチンの摂取を中止。ワクチンなしでも1年間口蹄疫の発生が見られなかったことにより、国際獣疫事務局(OIE)は2020年6月16日、台湾を口蹄疫における「ワクチン非接種清浄地域」。つまり、ワクチンの摂取がなくても口蹄疫ウイルスが存在しないと判断される清浄な地域であると認定。

これにより、1997年以降行われていなかった豚肉の輸出が再開できる見通しとなりました。

台湾は、武漢肺炎ウイルスの流行を阻止しただけでなく、口蹄疫というやっかいな伝染病にも打ち勝ったことになります。

台湾外交部が石垣市の尖閣諸島の字名変更に抗議

尖閣諸島は石垣島の北方、東シナ海上にある魚釣島を中心とした大小の島嶼が集まる列島です。

日本政府は明治28年=1895年に尖閣諸島を日本の領土に組み込みました。それに先立ち、明治政府は尖閣諸島の先有権を持つ国といっても可能性があるとすれば当時は清国ぐらいだったのですが、それがないか数年かけて調査した上で領土にしています。

そして、この尖閣諸島領有に対して抗議をする国はなく、日本は敗戦まで実効支配してきました。
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