李明哲氏が台湾に帰国

2017年に中国で不当に逮捕され、服役を強いられていた台湾人の李明哲さんが本日5月10日、5年間の刑期を終えて台湾に帰国しました。

李明哲さんは台湾生まれの外省人2世。元は統一派の新党に参加していたところ、大学で自由思想の啓発を受けて民進党の職員となり、後にアメリカでの台湾独立運動を率いていた黄文雄氏(日本で作家活動をしている黄文雄氏とは別人)が設立したNGO組織・人権公約施行監督連盟に参加して主に中国の人権改善、民主化を訴える活動をしていました。
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ロシア劣勢で中共が台湾侵攻を見直すという説はバカな楽観論でしかない

ロシアがウクライナに侵略戦争を仕掛けてからすでに2ヶ月半弱。日本ではウクライナ側の奮闘とロシア軍のグダグダぶりが報じられ、もはやロシアの勝利はありえないように思えます。

ロシアの劣勢が伝えられるようになってから、日本ではこれを教訓に習近平が台湾侵攻を見直すのではないかという意見が出始めました。内容的には、これで中国も台湾侵攻をあきらめるに違いないというものから、侵攻をするにしても戦略を再構築するだろうというものまで様々です。まあ日本語はあやふやな言語なので一口に「見直す」といってもその振れ幅は大きいです。
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【訃報】彭明敏先生が逝去

本日4月8日の早朝、台湾独立派の最も重要な重鎮と言える彭明敏先生が逝去されました。

彭明敏先生は1923年(大正12年)生まれで、家族とともに上海、日本、台湾を転々とした後関西学院、第三高等学校から東京帝大に入学しました。しかし太平洋戦争が激化する中、親戚を頼って長崎に疎開することになり、その移動のために乗っていた船が爆撃を受けて左腕を失います。幸い命をとりとめ、長崎の病院で療養中に原爆により被爆。
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バイデン大統領の特使と蔡英文総統が会見

本日3月2日、蔡英文総統とバイデン大統領の特使との会談が行われました。

今回アメリカ政府の訪問団を率いて台湾を訪れたのは、元アメリカ統合参謀本部議長のマイケル・グレン・マレン氏。メンバーには元国防次官のミシェル・フロノイ氏、元国家安全保障副顧問のメーガン・オサリヴァン氏、元国家安全保障会議アジア上級部長のマイケル・グリーン氏及びエバン・メデイロスら。
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台湾政府が福島+4県の食品輸入を解禁

本日台湾政府は記者会見を開き、現在輸入を停止している福島県、栃木県、群馬県、茨城県、千葉県産食品の輸入解禁を宣言しました。

2011年の東日本大震災が原因で引き起こされた福島第一原発事故による放射性物質汚染を受け、台湾では福島県及その周辺の栃木県、群馬県、茨城県、千葉県産の食品輸入を停止していました。

しかし、事故から11年経つ現在、放射性物質汚染を理由に福島県+4県産の食品輸入を禁止しているのは、中国と台湾の2カ国のみです。
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林昶佐立法委員のリコール案否決

本日行われた無所属の立法議員・林昶佐氏のリコールを問う投票で、同意票が不同意票を上回ったものの、リコール成立に必要な有効投票率25%は超えず、辛くもリコールが不成立に終わりました。

林昶佐氏は台北市の中正区、萬華区よりなる台北市第5区選出の立法委員で、2016年の初当選、2020年の再選を経て2期目。立法委員に当選する以前から「李登輝学校」出身の本土派として知られ、台湾独立運動にも非常に強い影響を与える人物です。

当選後は、与党民進党に対して党外協力を行い、蔡英文政権と良好な関係を結ぶ傍ら、地元の様々な問題を解決するなど目覚ましい活躍を見せていました。

立法委員として何ら過失がないどころか、貢献度も高い同氏に対してリコール案が持ち上がった理由として、まず韓国瑜高雄市長(当時)のリコール成立に対する国民党の報復が考えられます。

特に、中国による圧力に強く対抗する林氏のような無所属の本土派立法院はターゲットになりやすかったのだと思われます。

もう一つ、林氏が国防外交委員会に所属しており、委員会での予算案の成否を左右するキーマンだからだという理由も考えられます。

同じく国防外交委員会に所属していた台湾基進党の陳柏惟氏は昨年すでにリコールが成立しており、林氏のリコールが決まると与党側の票がさらに減ることになって国民党、あるいはその背後にいる中国共産党にとって都合がよくなるという状況でした。

今回リコールが不成立になったことで国防外交委員会のパワーバランスは与党有利の状況が保たれることになります。

一方、同日に台中市で行われた陳柏惟氏辞任後の補選は、前回の立法委員選挙では、国民党からは陳柏惟氏に敗れた顔寛恒氏、民進党からは林静儀氏が出馬し、林氏が当選を果たしています。

顔寛恒氏は父親の顔清標氏の地盤を引き継いでいた2世議員で、台中の黒社会との繋がりが強く、特に若い世代に顔家への拒否感が強くなっていました。

一方当選した林静儀は産婦人科の医師で、2016年に立法委員に当選。民進党の国際事務部主任を務めていました。

4大公民投票案全て不成立

昨12月18日、台湾では4つの議題に対する公民投票が行われました。

その内容は以下の通り。

・すでに建設が凍結されている第四原子力発電所の建設を再開するべき
・ラクトパミンを使用した豚肉のアメリカからの輸入を禁止すべき
・公民投票案が成立した時、その1ヶ月~6ヶ月後に国政選挙など全国性の選挙があったときは同日投票にすべき
・桃園市沿岸部に建設が予定されている液化天然ガス受け入れ基地の建設地を移転すべき

この4件に対し、政府民進党は「4つの不同意」を掲げ、中国国民党は4つに同意を掲げており、事実上民進党と国民党の信を問う決選投票の様相を呈していました。
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台湾がニカラグアと国交断絶したが、ニカラグアなんかは中国にくれてやってもいいのではなかろうか

昨日12月9日、中米のニカラグア共和国が突如台湾との国交を断絶し、中国と国交を結ぶと一方的に公表しました。

さらに本日10日、中国を訪問したニカラグアの代表団が天津にて両国間の共同コミュニケにサインしたと発表されています。

台湾政府はこれを受け、ニカラグアとの外交関係を停止するとともに、台湾とニカラグアとの間で行われていた支援プロジェクトを停止し、大使館と技術支援のために派遣していたスタッフをニカラグアから撤退させる決定をしました。

ニカラグアが台湾と断交するのはこれで2度目。

1度目は、現在のオルテガ大統領が、共産革命を経て政権を得た1985年。オルテガ大統領は極左テロ組織の活動員で、反米路線の国家運営を行いました。その流れで台湾とも断交しています。

1990年にチャモロ大統領の政権になったときに親米路線に戻り、同時に台湾との国交が回復されました。

オルテガ氏は2006年に再び大統領に返り咲き、今度は台湾との国交を維持したものの、しかし急速に中国に接近するなど、両国からおいしいところをいただく曖昧戦略をとっていました。

ニカラグアでは今年11月に大統領選が行われ、オルテガ大統領が4期目の当選を果たしています。しかしこれは反オルテガ派を粛清し、あるいは反対はが国外に逃亡したことによるもので、アメリカ政府はこの選挙を民主的な手続きによるものではないと非難しています。

一方中国は、蔡英文総統が政権の座についてから、台湾と国交がある国に主に金銭的に攻勢をかけ、台湾と断交させてきました。

ニカラグアに対しても当然かねてより工作を仕掛けていたのでしょう。オルテガ大統領は、WHOのテドロス事務局長同様極左テログループ出身ですから、あとは金額次第で中国になびかせるのは容易かったのではないかと思われます。

日本のマスコミ各社は、この断交が蔡総統にとって痛手になると報じています。はたして本当にそうでしょうか?

これまで述べたようにオルテガ大統領は元極左のテロリストで、2006年以降は独裁政権を築いてきました。現在のニカラグアは、国としてのありようは中国に近いものです。台湾が掲げる民主国家の連携とは相容れない存在ですから、ハブってもいい気がしますね。

台湾はむしろ東欧を中心とした民主国家との関係強化に努めるほうが将来的には正しいだろうと思います。

2025ワールドプライド高雄の主催国名問題を公式が修正

その昔「ゲイパレード」と呼ばれていたイベントは現在ではいわゆるLGBTQ+を包括し「プライドパレード」と呼ばれています。

プライドパレードには各国それぞれに行われるものと、世界規模で行われるワールドプライドがあります。

先日、台湾でプライドパレードを主催する「高雄同志大遊行」は、2025年のワールドプライドが台湾で行われることに決定したことを明らかにしました。

ワールドプライドのアジア圏での開催はこれが初めてのことで、アジアで唯一同性婚を合法化した国家である台湾が選ばれるのは自然なことだと言っていいでしょう。

しかし、この発表に一つ問題が出ました。ワールドプライドを主催するインタープライドが、主催地を「the region of Taiwan」台湾地域だとしたのです。

台湾政府外交部はこれを重く受け止め、これは中国の圧力によるものだという認識を示しました。
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元駐タイ台湾大使の李應元氏が病逝

昨11月11日、元駐タイ国台湾大使の李應元が逝去されました。

李應元氏は1953年生まれ。

蒋氏独裁時代にアメリカに留学し、台湾独立建国連盟に加入したことからブラックリストに入れられ、台湾に戻ることができなくなります。

1990年に台湾独立建国連盟の副主席に就任。その年に台湾に密入国。

1991年に、国民党の独裁に反対する党外雑誌に、重要地点の写真を投稿したことで逮捕、収監され、翌年に出獄。これは李登輝総統が国の実権を掌握し、それまで反乱罪とされていた台湾独立運動が合法になったことによります。
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