青山靈安尊王の誕生日

本日11月27日は農暦の10月23日にあたり、今年の青山靈安尊王のお誕生日にあたります。

青山靈安尊王は元々は福建の一地方のローカルな山神様でした。19世紀中頃、台北で疫病が発生したおりに、この神様を信仰する地域から台湾に入植していた移民たちが、疫病を鎮めるために故郷から青山靈安尊王の分霊を受けてお招きします。

分霊を受けた青山靈安尊王の神像をお運びしてると、艋舺の一角で神像が動かせなくなりました。そこで、その場所に祠を建ててお祀りしたところ、ほどなく疫病が収まりました。

まあそれが事実かどうかはおいといて、そういうことになっています。

その場所に改めて廟を建てたのが艋舺青山宮です。

龍山寺から歩いて5分程度の場所だけれど、龍山寺のようにじゃまくせえ日本人や韓国人の団体観光客がいないのでとても快適に拜拜できます。

台湾は、鄭氏政権を滅ぼした施琅の提言でなんとなく統治していた清朝からは「瘴癘の地」と呼ばれていました。瘴癘っていうのは伝染性の熱病のこと。

気候が温暖で、かつ衛生状態が悪かった台湾は、マラリアやコレラ、ペストなど感染症の宝庫だったのです。

清朝は台湾は一応統治していたけれど、それほど大きな関心はなく、まがりなりにも台湾の開発がされるようになるのは、1885年、つまり日本が台湾を統治する10年前に劉銘伝が台湾巡撫として赴任してからです。

日本時代になってから台湾総督府の伝染病調査委員になった細菌学者の高木友枝は、台湾人が伝染病を神仏の祟だと思っていたと報告しています。

日本統治以前、ろくな医療環境がなかった台湾では、いずれにせよ疫病は神にすがるしか対処のしようがなかったのです。

で、たまたま疫病がおさまったのが靈安尊王のおかげということになってから、艋舺に住む移民たちの間で靈安尊王への信仰が高まり、靈安尊王の誕生日である10月23日に疫病払いのお祀りが行われるようになりました。それが今日まで伝わる艋舺青山王祭です。

日本の祇園祭のようなものですね。祇園祭も疫病退散を願って牛頭天王を祀ったことから始まっています。

艋舺青山王祭は、誕生日の3日前から始まります。

まず農暦10月20日21日には暗訪夜巡、そして10月22日には日巡平安繞境が行われます。これは、靈安尊王の神像を乗せたお神輿を中心としたパレードです。

道教やその影響が強い民間信仰では、疫病は瘟神、日本で言う疫病神がもたらすものと考えられており、暗訪夜巡や日巡平安繞境は、その瘟神をつかまえて疫病を防ぐという意味を持ちます。

暗訪夜巡といっても午後の明るい時間から始まるし、日巡平安繞境といっても夜更けまで行われます。

そして、誕生日の10月23日には、青山宮で誕生日を祝う祝典が行われます。

今年の艋舺青山王祭は、感染予防の観点から規模が縮小されて行われました。

暗訪夜巡と日巡平安繞境の様子はYoutubeでライブ配信されて、アーカイブも残っているので興味があったら見てみてください。

いくつかポイントを解説しておきます。

まず、ところどころで盛大に鳴らされる爆竹は魔除けです。神様の通り道を爆竹の音で魔物や悪霊を驚かせて祓い清めます。


※この画像は以前の青山王祭で撮ったもの。以下の画像も同様。

赤と緑に顔を塗った人たちは八家將。もともと城隍爺配下の捕吏で、台湾で王爺千歳信仰と習合し、また城隍爺に類する職能を与えられた靈安尊王の配下にも加えられています。

この神様たちはでかいほうが七爺謝將軍、小さいほうが八爺范將軍。八家將に属し、台湾では特に人気が高い神様です。

このような中に人が入る神像を大仙尪仔と言います。

↓↓↓以下今年の艋舺青山王祭のアーカイブ↓↓↓