元駐タイ台湾大使の李應元氏が病逝

昨11月11日、元駐タイ国台湾大使の李應元が逝去されました。

李應元氏は1953年生まれ。

蒋氏独裁時代にアメリカに留学し、台湾独立建国連盟に加入したことからブラックリストに入れられ、台湾に戻ることができなくなります。

1990年に台湾独立建国連盟の副主席に就任。その年に台湾に密入国。

1991年に、国民党の独裁に反対する党外雑誌に、重要地点の写真を投稿したことで逮捕、収監され、翌年に出獄。これは李登輝総統が国の実権を掌握し、それまで反乱罪とされていた台湾独立運動が合法になったことによります。

1995年に立法委員に当選。

2002年には台北市長選挙に出馬するものの、馬英九に敗れます。

このとき李氏は名前の應にかけて「台北in起来」をスローガンに選挙戦を行っていました。

選挙期間中にたまたま台湾に訪れていた私は選挙グッズのニットキャップを購入。これは今でも持っています。

2004年には、ソ連統治下だったバルト三国で行われた人間の鎖を参考に、台湾全土で行う「228百萬人手牽手護台灣」を計画。成功に導いています。

ちなみにこの日の夕刻には、閃靈主催による「Say Yes To Taiwan」が総統府前広場で開催されています。

Say Yes To Taiwanには中国からパンクバンドの盤古が出演し「独立しろ台湾!」とぶちかましました。彼ら以上にロックなロックバンドは見たことがありません。

盤古は中国に戻ることができなくなったため、タイ経由でスウェーデンに逃れて亡命しました。

さて李氏の話に戻ります。

李氏はその後民進党政権下でいくつかの要職を歴任したのち、2020年に蔡英文総統自らの依頼で駐タイ国大使としてタイに赴任。しかし今年8月に健康上の理由で台湾に帰国。

昨日ファーター膨大部癌により亡くなりました。

享年68歳。生涯を台湾のために尽くされた人物でした。心よりご冥福をお祈りします。