雙十節は「台湾の建国記念日」ではない

本日10月10日は雙十節、中華民国の国慶節です。

日本では「台湾の建国記念日」などと書くメディアもありますが違います。あらゆる意味で違います。

10月10日は、1911年に武昌起義が起こった日です。

当時清朝はドイツ将校の指導を受け、西洋式軍備をした新建陸軍、略称「新軍」を各地に配備していました。しかし、その新軍には孫文の中国同盟会などが広めた革命思想に染まった兵も多く、湖北省武漢の新軍内部には文学社という革命組織まで作られていました。

文学社は中国同盟会の分派である共進会とともに武力蜂起を計画していました。しかし、その共進会の孫武が爆弾の暴発によって怪我をし、入院した病院から清朝に通報されます。

文学社の蒋翊武はそれに焦って決起しようとするものの、それも軍にバレて決起の前に新軍内の革命派が逮捕されます。

そんな中、新軍内にまだ残っていた革命派が軍の弾薬を持ち出そうとしたところ上司に見咎められたため射殺。軍内に混乱が起こり、彼らと凶暴していた熊秉坤がそれに乗じて決起し、総督の瑞澂が逃げ出したために革命軍が武昌を占領しました。

この武昌起義をきっかけに各地で反乱が起こって清朝が終焉し、中華民国が建国されます。これが辛亥革命です。

流れを見ると、たまたま新軍内で起こった混乱に乗じてたまたまうまくいった革命と言えるでしょう。

とはいえそれは革命派が蜂起にむけた準備を積み重ねていたからで、それがなければ鎮圧されていた可能性も高いです。

私が高校生のころの世界史の教科書には、孫文が辛亥革命を起こしたみたいなことが書いてあったとうっすら記憶していますが、実際のところ孫文はそのころアメリカにいて、武昌起義は関知していませんでした。

孫文がやったのは、アメリカから急遽帰国して大統領に祭り上げられることぐらいのことですから、辛亥革命が孫文によって起こされたというのはおかしいです。

さてさて、冒頭に述べた雙十節が「台湾の建国記念日」なのはあらゆる意味で違うというのはここまで読めばわかるでしょう。

中華民国のの建国が宣言されたのは、武昌起義から3ヶ月弱たった1912年の1月1日ですから、雙十節は建国記念日ではありません。

中華人民共和国の国慶節は毛沢東が建国宣言を行った10月1日なので、中華人民共和国については国慶節=建国記念日でも間違いではないですが、中華民国の国慶節はは建国記念日ではありません。

また、中華民国は中国で建国され、後に台湾を占領した国ですから、「台湾の建国記念日」と言うのは2重の意味で間違っています。

このブログでは何度も述べたように、台湾独立とは現在台湾を占領下に置く中華民国体制から台湾国として独立することを意味します。

ゆえに独立派は中華民国の国慶節である雙十節は祝いません。

蔡英文総統も本来であれば独立派ですが、現在の立場は中華民国総統であるため雙十節の式典は行います。独立派の中でも強硬派の深緑と言われる人たちはその点も批判しますが、ここで蔡総統や与党民進党が現状を無視して国慶節を否定するようなことをすれば、国民党は批判を強めて台湾の政治は混乱し、本土派政権の維持も難しくなる可能性もありますから、そこは大事の前の小事として容認すべきことでしょう。

ただ、日本で台湾を支持するなどと言いながらも、こうした事情も知らずに中華民国の旗を掲げて建国記念日おめでとうなどと言っている連中のあたまの中こそおめでてえなとは思います。