台湾独立運動最強の闘士・史明に学べ

現総統府資政・史明先生の『100歳の台湾人革命家・史明 自伝 理想はいつだって煌めいて、敗北はどこか懐かしい』を読了。この本は著者・史明となっていますが、実際には史明先生の述懐を構成の田中淳氏が文章に起こしたものであるようです。

これを読んで思ったのは、史明先生は矛盾の人であるということ。

日本時代に生まれ、日本語教育を受けながらも、日本人による台湾支配に疑問を感じ、しかし早稲田大学に進学。

大学時代にマルクス思想にハマって、中共の工作員に誘われて中国へ渡り、上海の共同租界で日本人から情報を引き出すスパイとして暗躍。

日本の敗戦に喜びながらも寂しさも覚え、自ら飛び込んだ中共の理想とはかけ離れた姿に絶望して、中国で知り合った日本人女性と逃亡。

この本には金美齢先生のインタビューも収録されており、金先生は史明先生を「純粋でロマンティスト」と評しています。確かに純粋で、純粋すぎるゆえに自らが理想とする社会主義とは異なった中共の現実に妥協することなく逃げ出したのはかえってよかったかもしれません。

しかし、矛盾しているように見えて「台湾人のため」という核心の部分は一切、こんにちに至るまで揺らいでいません。

その後、台湾に戻った史明先生は、蒋介石の暗殺を画策するも、露見して、日本に密航します。

不法入国で逮捕されるものの、国民党が政治犯として引き渡しを要求したために、政治亡命が認められました。

史明先生の中華料理屋は現存

日本に亡命した史明先生は、中国北方からの引揚者に受けるだろうと、中共工作員として滞在していたときに覚えたという餃子の店を開業。

「珍味」という名前の屋台は、中国の味を懐かしむ引揚者たちに受けたようです。

そして、今の池袋北口のあたりに土地を買い、「新珍味」という店舗を持ちました。

この新珍味は、まだ池袋にあります。

現在のオーナーは史明先生ではないようです。

しかし、今でも史明先生が伝えた北京式のあんかけ麺「ターロー麺」や水餃子などを食べられます。

今この周辺は「池袋チャイナタウン」などとも呼ばれていて、入ると客が中国人しかいないようなガチな中華料理の店がたくさんあります。

台湾の民主化以前、この新珍味ビルの上階では、白色テロから逃れてきたり、留学生として来日していた若い台湾人たちが集まり、台湾民族意識を高め、中華民国支配から独立するための勉強会が開かれていたそうです。

その勉強会には、金美齢先生、黄昭堂先生、許世楷先生などがいたといいます。

ここでは爆弾なども製造され、それが台湾へ持ち込まれて、実際国民党へのテロ行為にも使われたとか。かっこいい。

その後、李登輝先生によるブラックリスト解除で台湾に帰国した史明先生は、中共から学んだ武力革命方式から、文化的独立建国運動へとシフトしていきます。

その様は、抗日武力放棄からしだいに自治権獲得のための政治運動へ変化していく日本時代の台湾の変化とも重なります。

台湾に帰国した史明先生は、陳水扁総統、蔡英文総統を外からサポートしていきました。

そしてついに、蔡英文政権誕生により資政に選ばれます。

中共のスパイ、ゲリラから蒋介石暗殺のテロリストを経た人物が、今や総統府資政というのが胸アツです。

史明先生の「台湾人」史

100歳の台湾人革命家・史明 自伝 理想はいつだって煌めいて、敗北はどこか懐かしい』を読了した勢いで、史明先生著の『台湾は中国の一部にあらず』を再読中。

10年以上前に読んだのでだいぶ内容を忘れています。

この本は、史明先生が新珍味を経営している時に日本語で著された史上初の「台湾人」史『台湾人四百年史』を、国民党支配によって中国語しか読めなくなってしまった台湾人に向けて増補した中国語版を日本語に訳した本です。

ちなみに史明というのはもともとは『台湾人四百年史』出版時につけた筆名でした。

私がこのブログで鄭成功など英雄扱いするな、あれはただ反清復明のために台南を占領しただけのやつだと言うのもこの本の影響です。

例えば鄭氏政権について史明先生はこう書きます。

その台湾支配の実際的状況や台湾社会の発展(台湾民族の形成)における影響という観点からみたならば、鄭氏王族三代二十三年の支配は、結局は「植民地支配」のカテゴリーに含まれるのである。

鄭氏王族は大陸作戦を遂行するために、二十三年間台湾を占領したのである。彼等は戦略上オランダ人の衣鉢を継いで(とくにその土地所有関係)台湾を植民地的に支配したばかりでなく、オランダに劣らぬ搾取手段で定住していた開拓農民を使役し搾取したのである。

鄭成功を台湾の英雄だとか、wikiを丸写しして3人の国神の1人だとか言ってる連中は、鄭氏の台湾支配の実態を理解していません。

そもそも鄭成功の時代、台湾はオランダ東インド会社が台南周辺を支配していたものの、どこの国にも属してはいません。鄭成功がオランダ人を台湾から追い出したのを英雄的行為だと言うのは、台湾が「自古以來」中国の領土だったという中共の妄言を思考停止して鵜呑みにしているからでしょう。

史明先生は、日本による台湾の近代化も、あくまで日本の経済発展のための「跛行的」つまりバランスを欠いたものに過ぎないと断じます。

この点について、史明先生の勉強会に参加しながらも、史明先生の思想が極左的であるとして袂を分かった黄昭堂先生も『台湾総督府』において「日本帝国が台湾を圧制下においていた」と、共通した認識をもっています。

李登輝政権時代に改定された台湾の歴史教科書で、日本統治下の社会発展が肯定的に記載されたとき、日本ではその部分だけがクローズアップされて騒がれました。

しかしそれは、あくまでプラス部分とマイナス部分を両論併記しただけであって、その当時の教科書の日本語訳版『台湾を知る―台湾国民中学歴史教科書』の第7章第2節「政治と社会支配」を見ると

日本政府は台湾を新たに取得した植民地となし、不平等待遇を行って台湾人を差別し

警察は強力に台湾社会を支配し、人を畏怖させる権威で民衆の日常生活に関する処理と干渉を行った。

と、記してあり、手放しで日本の支配を称賛しているわけではないことがわかります。

台湾総督府の台湾支配が強権的であったからこそ、台湾の民衆側についた森川清治郎巡査が「義愛公」として祀られているわけです。

ネトウヨのたぐいはそういうことを学んでいないから、日本が台湾を「近代化してやった」恩義を忘れるななどとキチガイじみたことを言い出すわけです。

史明先生の思想、行動、存在は、台湾人がなんの屈託もなく親日的だと信じている連中にとっては毒でしょう。しかし、そういう連中こそ史明先生の本を読むべきです。