パン屋を批判するより現状維持をどうにかしろ

台湾のパン職人・呉宝春さんは昨日Facebookに「兩岸一家親,支持九二共識=両岸は一家、92共通認識を支持する」「身為中國人,是我的驕傲=中国人であることが私の誇り」などというコメントを載せて騒ぎになっています。ただ現在ではその投稿は消されています。

92共通認識というのは、先ごろの市長選で当選した高雄の韓國瑜市長も持ち出して批判を受けているもの。これは1992年に行われた台中会談においてかわされたとされるもので、台湾と中国はそれぞれ「一つの中国」を共通認識とし、しかしその中国が中華民国なのか中華人民共和国なのかは玉虫色にしておくといったものです。しかし、この共通認識なるものは当時総統であった李登輝先生がはっきりと存在を否定しています。

呉宝春さんは2010年にフランスで行われたパンの世界コンクールで優勝したという人で、台湾に数店のパン屋さんを開いており、中国に進出する準備をしていたところ、過去に「自己不會只專注中國13億人市場,會放眼全世界70億人的發展機會=私は中国の13億市場だけではなく、全世界70億人市場への発展のチャンスへ目をむけている」という発言をしていたのが中国で「台独」発言などとして炎上していました。中国だけではなく世界に目を向けるというのがどこが「台湾独立」発言なのかまったく理解できません。ただのいちゃもんです。

ところが呉さんはこの炎上騒動に負け、台湾を「中国台湾」などと呼び、そして冒頭のコメントを出してしまったわけです。

これを受け、蔡英文総統は中国が政治利用していると批判、時代力量の黃國昌党首も台湾人がこのような状況にあるのは北京政府に責任があるとしています。また、台北市の柯文哲市長はインタビューをうけ「かわいそうに」と漏らし、こんなことでは両岸関係はよくならないという見方を示しました。

政治家はおおむね呉さんに同情的で、中国政府に対して批判的です。

しかし、一般大衆はこのニュースを受けて呉さんを「無骨気=ヘタレ」と批判。中国の炎上を鎮めるつもりで台湾側を炎上させてしまいました。そして、商売のために台湾人としての矜持を捨てたとして不買運動まで起こっています。

呉さんは本日記者会見を開き、自分には若い世代のためにさらに大きい市場を開拓する責任があると申し開きをしました。また、Facebookには吳寶春食品股份有限公司名義で「兩岸一家親乃是基於文化上的認同=両岸が一家というのは文化上の一体感に基づいたもの」であるとして、「我們只是小小麵包店,無力解決兩岸的問題=我々はただの小さなパン屋です、両岸問題を解決する力はありません」というコメントを出しました。

私見を述べれば、呉さんのこうしたコウモリ的な態度は批判されてもやむなしといったところであるし、世界の70億市場を見据えているならば、台湾人を敵に回すことをわかりながら中国におもねる必要もなかったとも言えるでしょう。中国に進出した芸能人や85度の事件などが起こった状況でそれでも中国に進出しようとした上でのことなので自業自得でしかないのかもしれません。ただ、やはりただのパン職人さんに両岸関係を背負わせるのも酷ではないかという思いもあります。呉さんがわざわざ中国人宣言などをしたのは単に中国で炎上しただけではなく、中国政府からの恫喝があったことは容易に想像できます。

結局もっとも問題なのはこうした形で台湾人を屈服させようとする中国政府であることは間違いありません。日本人の中には共産党政権が覆れば中国もよくなるなどと夢を見ている人もいるようですが、私は仮に万が一中国が民主国家になったとしても、台湾侵略の意図は変わらないだろうと思っています。であるならば、変わるべきなのは台湾側でしょう。

もし台湾が「現状維持」を続けようとするならば、こうしたことは今後も発生し続けます。現状維持で最も都合がいいのは、それを利用して武力を使わず台湾を蝕んでいける中国側です。中国側が恐れているのはむしろ独立宣言でしょう。台湾が独立宣言をしたことを理由に武力侵攻をしたならば、国際社会はさすがにそれを許容したりはしません。チベット侵略のときとは話が違います。台湾が中国の領土でないことは中国人以外みんな知っています。

台湾が明確に中華民国を捨てて、「一つの中国」は認めるがそこに台湾は入りませんとはっきりした意思を示せば、中国から台湾企業は追い出されることはあっても台湾人が圧力を受けることはなくなるはずです。

そのために、台湾政府は中国市場に頼らずに経済を発展させ、台湾企業が中国なしでもやっていけるようにしなければなりません。呉さんのことにしても台湾人がするべきなのは不買運動ではなく、むしろ自分たちがパンを買ってやるから中国になど行くなと言ってやることのはず。そのためにはまず台湾人豊かにならなければいけません。台湾人が蔡英文総統に望んでいるのもそこらへんのことでしょう。