迪化街の歴史とか成り立ちとか

東京ウォーカーのサイトに「海外観光客が殺到する“若者が最も行きたい街”に!台湾の古臭い老舗を若いオーナーたちが変えた」という記事が掲載されました。

記事の冒頭は

年越しの買出しや漢方薬などで賑わっていた台湾・台北で最も古い問屋街「迪化街」は、年配の人が行くところだというイメージが従来強かったそう。ただ近年、若者が自らこの古い街に新しい風を吹かせようと、さまざまな試みが始まっている。古民家をリノベーションしておしゃれなカフェにしたり、若いオーナーが老舗を継いでブランドを一新したり。

となっています。まるで古い老舗や年配の人が行くのは悪いことで、若者がそれをオサレスポットにするのは正しいことだと言わんばかりの頭悪い記事にイラッと来たので、もうちょっとまともな迪化街についての記事を書こうと思います。

迪化街の歴史

迪化街を含む一帯は大稻埕と呼ばれます。もともと平地原住民が住んでいたこの土地に18世紀初頭から中国からの移民が住み着くようになって、穀物を乾燥させる稻埕を作ったために大稻埕という名称がつけられました。

19世紀中頃、艋舺に住んでいた福建泉州出身の移民同士で港の権益をめぐった争いが発生。その争いに負けた泉州同安出身の人達が逃げ込んだのが、今の迪化街の一帯でした。同安人は新たに淡水川の岸辺に港を開きます。それが大稻埕碼頭です。大稻埕碼頭を中心とした船運で大稻埕は栄えるようになりました。

もともと艋舺にあった城隍廟が焼き討ちされ、逃げ出した同安人が新たに建てたのが、現在も残る霞海城隍廟です。

また、霞海城隍廟の創建とほぼ同時期に、大稻埕媽祖宮が建てられました。しかし大稻埕媽祖宮は日本時代になって区画整理の名目で総督府に取り壊されたため移転を余儀なくされて、現在の延平路のほうに再建され慈聖宮となりました。

「迪化街」という名称になったのは戦後に国民党に占領された後です。とっくに船運が廃れた現在でも、迪化街には往時から続く生薬店、乾物店などが並びます。生薬店では菊花茶やハイビスカス茶、ドライフルーツティーなど、茶外茶=茶葉を使わないお茶なども売られています。

大稻埕碼頭を起点とした交易で潤った迪化街には、19世紀末頃から西洋建築の建物が建てられるようになり、道路が整備された日本時代にはより増えていきました。

現在の迪化街では、建設当時のままのもの、近年に修復されたものなどが並んでいて、実用だけにとどまらない建築の美しさを見ることができます。

東京ウォーカーは「古臭い老舗」が持つこうした文化的側面を一切理解していません。

迪化街一段北側でリノベーションが進む

さて、迪化街一段を北上し、歸綏街に達すると生薬や乾物の問屋が激減していきます。ここから北に新しいオサレショップが増えていきます。

確かに迪化街一段南半分とはまったく違う様子になっています。ではなんで北半分だけこうなっているのか?

2003年当時のこのあたりを見ればわかります。

2003年当時、迪化街一段の北側はほとんど店が開いておらず、中には朽ちていきそうな建物もありました。

現在はきれいに整備されている迪化街一段の北のどん詰まりにある「十連棟」も、

2003年ごろにはこんなありさまでした。

実はこのあたりは取り壊される予定だったものが反対運動が起き、2000年に景観保護区域に指定されています。ただ、実際のリノベーション事業が着手されたのは2004年からでした。老朽化した建物のリノベーションが進められたことで、若い世代が新しくお店を開けるようになったわけです。実際新しいお店が増え始めたのは2010年前後でした。

このようなリノベーションは現在でも進行中です。

新しいオサレショップができるようになったのは、地域住民と行政が協力して古い町並みを残そうと努力したからです。古い街に若い感性が入るのは悪いことではありません。ただ、それは東京ウォーカーが軽率に断ずる「台湾の古臭い老舗を若いオーナーたちが変えた」というようなものではありません。

ていうかね、そもそも迪化街って以前からわりと若い世代の子も見ましたよ。特に城隍廟なんか月下老人のご利益を期待した若い女の子が多かったです。ここ15年ぐらいの迪化街の変化を知っている私から言わせてもらえれば不見識にもほどがある。

迪化街二段に行ったことある?

ところで、迪化街は東西を横切る台北橋で分断され、台北橋から南が一段、北が二段になっています。

迪化街二段には観光客向けのお店などは一切なく、ただの住宅街になっています。しかし、艋舺とならぶ古い街だけあって、観光地では見られないディープな台湾をのぞくことができます。

野良ガチョウ(?)なんかもいたり。

たまに松山空港へ降りていく飛行機が見られます。

また、迪化街二段には多くの廟が並びます。

三聖太子宮は台北でも珍しい哪吒三太子が主祭神の廟です。

天帝を拝する天公炉は人んちの玄関に向いています。

関聖帝君を祀る聖徳宮。ここには関聖帝君のほか、哪吒三太子、斉天大聖孫悟空なども祀られます。

福徳正神が祀られる萬和宮までつくと、迪化街は少しずつ東向きに曲がり始め、細い路地になって終わります。

迪化街二段は特におすすめはしないけれど、ガイドブックに乗っていないような台湾の一面を見たい人は行ってみればいいと思います。