石門金剛宮7 F区:王船から出口まで

前回の「石門金剛宮6 E区:涅槃仏から幸福橋まで」では台湾最大の涅槃仏と五百羅漢を解説しました。幸福橋を渡ると最終エリアのF区に入ります。

F区は2階から左側の階段を降りた位置にあります。

王船は台湾の民間信仰の本質

まずは「乾坤八卦」に入ります。

対聯に「八卦の鎮守は妖物を駆逐し、邪気を避け、人と家を安泰にする」とあります。八卦というのは陰陽の変化を表したもので、現象を表すに過ぎませんから本質的にはこのような効果はありません。ただ道教では八卦鏡などを魔除けの道具につかいます。

もう一方は「三十六天罡星七十二地煞星が命を守る」とあります。三十六天罡星と七十二地煞星はもともと道教の信仰のなかで考え出された北極星を中心とした星々に付けられた名前で、それぞれに神様が宿ります。後に四神のうち北方の守りである玄武が人格神とされ、北極星と結び付けられて北極玄天上帝となりました。そこから、三十六天罡星それぞれに当てはまる神々が玄天上帝麾下の天将とされるようになったわけです。

この三十六位天将は宗派によって神様が違っているようです。しかし台湾ではこの金剛宮の天堂エリアに祀られる天将の組み合わせが一般的になっています。岳飛が含まれることから、当然南宋以降に考えられたものでしょう。

特に台湾に多い正一道閭山派では、三十六天罡星七十二地煞星の諸神を呼びおろして辟邪の儀式を行うようです。

床には伏羲の先天八卦が描かれます。

四方の諸神を拝します。

出口には弥勒仏が配されます。次にF区の参拝に移ります。

F区の香炉は8つ。あらためてここで8本の線香をいただいて火をつけます。

まずは王船から。王船は中国南方からもたらされた王爺千歳信仰の祭具です。高温多湿の台湾では常に疫病が流行していました。こうした疫病は、民間では瘟神、日本で言う疫病神がもたらすものだと考えられ、瘟神を征伐して疫病が広まらないようにする対抗策として王爺千歳の信仰が生まれました。

ちなみにこれはあくまで民間でのことであって、士大夫階層以上では伝染病に対して湯液、鍼灸の治療が行われています。日本のレベルが低い鍼灸には無理でも、中国の鍼灸は感染症にも対応ができます。

王爺千歳はこのように王船に乗せられ、海に流されて燃やされます。おそらく最初は瘟神自体の像などが流されて燃やされたのでしょう。それが王爺千歳の信仰に移っても、船を流して燃やすという儀式は残りました。

この王船を海に流して燃やす儀式は現在でも特に南西部沿岸では行われており、3年に一度屏東県東港の東隆宮で行われる「迎王平安祭」は台湾の国家無形文化資産に登録されています。

この王爺千歳、そして王船こそが、中国からの台湾への入植が始まった明代以降の台湾の信仰の本質です。もちろん中国からの航海を加護してくれた媽祖への信仰も大切にされています。しかし実際台湾で生活する中で、より切実だったのはやはり疫病だったはず。台湾海峡を渡る危険な航海に挑んだのは多くは中国で食い詰めた男たちでした。それゆえ中央で行われるような医療技術も伝わらず、神頼みをするしかなかったのです。

日本統治時代になって衛生環境は急速に改善し、近代医療の普及によって疫病が激減してからも、王爺千歳への祈りが失われることはありませんでした。

王船の次は八字娘娘エリアを拝します。

ここでは順番に応じて一柱ずつ拝します。

まず八字娘娘。八字娘娘は「生辰八字」を司る女神です。十干十二支の干支は年、月、日、時間それぞれに当てはめられます。自分が出生した生年月日と時間の干支を組み合わせたのが「生辰八字」で、これは四柱推命などの占いにも利用されます。日本では出生時間をはずした生年月日だけで占う四柱推命が行われていますが、「生辰八字」全てのデータが揃っていない状態で占うのは正しい四柱推命とは言えないので詐欺であると言っていいでしょう。

自分の命運を決める「生辰八字」は、生まれた時点で決まるので自分ではどうにもできません。八字娘娘はそれをどうにかいいものにしてほしいという願いから生まれた神様ではないかと思われます。

次に註生娘娘。妊娠と出産を司る女神です。台湾の非常に多くの廟に祀られています。出産は現代でも女性にとって大変なもの。医学が発達する以前の社会ではなおさらでした。女性が妊娠し、無事に赤ちゃんを産むというのは、疫病対策とともに切実な問題だったのです。

その次に臨水夫人。臨水夫人陳靖姑は唐代に実在したと考えられている女性道士。ただその真偽は不明です。幼いころより道術を学び、厄除けや雨乞いなどの力があったというので、卑弥呼のようなシャーマンが後に臨水夫人という神様とされたのかもしれません。臨水夫人は正一道閭山派のさらに分派である三奶派の祖師とされます。

次に月老星君。月下老人とも呼ばれる縁結びの神様です。いわゆる「赤い糸」の伝説はこの神様から発します。月下老人は『続幽怪録』という短編小説集の中に登場する神様。芥川龍之介の『杜子春』の元ネタも『続幽怪録』に収録されます。

『続幽怪録』の中の『定婚店』という話で、韋固という人物が6歳のとき、月光の下で本を繰る老人と出会いました。韋固が怪しんで問うと、それは天下の人々の婚姻が記された書だといい、老人は韋固に、遠方から野菜売りにくる農家の3歳になる女の子が14年後に奥さんになると予言しました。はたして14年後、韋固が結婚したのはその女の子でした。

この話から老人は「月下老人」と呼ばれ、縁結びの神様として信仰されるようになりました。つまり斉天大聖と同様、フィクションから信仰されるようになった神様ですね。

次に姻縁星君と嫁娶星君。この二神はおそらく金剛宮オリジナルの神様ではないかと思われます。

要するにここは、出会い、出産、出産後のよい運勢を祈るエリアです。

次に北極玄天上帝を拝します。

その次は八仙。

八仙は孚佑帝君呂洞賓、その師匠である鍾離権、幽体離脱している間に体を焼かれてしまったのでしかたなく足が不自由な物乞いの死体に乗り移ったというドジっ子エピソードで有名な李鉄拐、よく死んでは生き返る張果おじいちゃん、曹景休は宋の仁宗の外戚なので曹国舅と呼ばれます。呂洞賓の弟子でいつも笛を吹いている韓湘子、唐玄宗の時代の詩人で、片足は靴を履き、片足は裸足で仙道の真髄が込められた歌を歌い歩いていたという藍采和、紅一点でなぜか三十六位天将の中にも入れられている仙女何仙姑。この8人の仙人で構成されています。

一番奥には南極仙翁。南極仙翁は南極長生大帝とも呼ばれ、また寿星として福禄寿の一柱ともなります。また、八仙には上八仙、中八仙、下八仙という設定もあり、この場合南極仙翁は上八仙に入れられています。

主に健康長寿を願う神様たちです。

日本で八仙をパクって作られたのが七福神。七福神には日本の神様は恵比寿一柱のみで、あとはインドと中国からパクってきていますね。

そのとなりに太乙真人。正式には太乙救苦天尊。その名の通り人々を苦しみから救うとされている神様です。また、浄土教と結びついて、地獄に落ちた魂を「東方長楽世界」に往生させ、そこから阿弥陀の極楽浄土へ引き渡すといわれます。

他に十殿閻羅が全て太乙救苦天尊の化身であるという信仰もあるようです。

『封神演義』には太乙真人の名前で哪吒の師匠として登場します。左右に哪吒と托塔李天王を配しているところからも、太乙救苦天尊というよりは『封神演義』の太乙真人の要素が強いことがわかります。

手前には肉の玉から生まれる哪吒の像があります。

その次に天上聖母媽祖。

そして中壇元帥李哪吒。

奥にも神像が祀られます。

台湾における哪吒の人気はすごいもので、道教的にはまったく関係がない神様の廟にも哪吒が祀られている例は非常に多いです。その反面、哪吒自身が主祭神とされる太子廟はあまりないというのが謎です。

アメを一ついただけます。日本ではお布施というと宗教側が信者から搾取するという意味で使われていますが、本来は持てるものが持たざるものへ施すことを言います。台湾ではこのような正しい布施が行われています。金剛宮では、休日などにはおかゆなどもふるまわれるようです。

最後に観音菩薩を拝します。

これで石門金剛宮全ての神仏へのお参りが終わりました。

7回の記事の中で神様の由来などについていろいろ書きました。それを読めば、「珍スポット」だの「アトラクション」だのといったふざけた扱いをしていいものではないことがわかるはずです。訪れるときには真摯に神仏への敬意をもって行かなければ失礼です。

もっとも、日本で必要とされるのはこのようなきちんとした説明ではなく、奇抜でおもしろい像があったキャハハみたいなものでしょう。それでも1万人に一人ぐらいはこの記事を読んでもっと厳粛な気持ちで参拝する人がいてくれたらいいと思います。

正殿の近くに怖い顔のハスキーちゃんがいます。台湾で過ごすのはきっとつらいでしょうね。

顔は怖いけれどとてもおとなしい子で、頭と首筋をなでたら気持ちよさそうにしていました。

もと来た牌楼を通って帰路につきます。