石門金剛宮6 E区:涅槃仏から幸福橋まで

前回の「石門金剛宮5 D区:2階天堂エリア」では玄天上帝麾下の三十六位天将の有名所をピックアップして解説しました。今回は三階建てのE区に入ります。

台湾最大の涅槃仏

D区の天堂エリアを渡り終えるとE区の1階の涅槃仏につながっています。

まず涅槃仏とその前の釈迦牟尼仏を拝します。

日本人は東南アジアなどの金色の仏像を見ると派手だなどと騒ぎます。それがまさに日本に仏教がないことの証左の一つです。

ブッダの体は光明を発し、金色の光背を背負っているというのが正しい姿です。日本の大仏も建立時は金色でした。色が剥げてくすんでいる仏像を「わびさび」だの言うのは仏教を理解していないと言っているようなものです。

この涅槃仏は全長18メートル。台湾最大のものだとか。といっても台湾にどれだけ涅槃仏があるのかは不明。ガチの仏教国であるタイにはこの倍以上の涅槃仏像があります。

同じ1階には斗姥元君も祀られます。斗姥元君は大乗仏教の神・摩利支天が道教神化した神様です。道教で北斗衆星の母という役割が与えられ、現在では六十太歳神を統べる地位になっています。金剛宮では六十太歳神の中心に玉皇大帝が置かれています。しかし台湾では通常六十太歳星君の中心には斗姥元君が祀られます。

民間信仰ではまた、斗姥元君と四面仏が同じ神格だとも考えられているようです。摩利支天は大乗仏教がバラモン教の神であったマリーチをパクったもの。マリーチはインド神話で創造神「プラジャーパティ」の一柱でした。後にヒンドゥー教でブラフマーがプラジャーパティとされたため、斗姥元君=四面仏(ブラフマー)ということになったものではないかと推測されます。

この斗姥元君の前には四つ目の神の像が祀られています。四つ目の神は古代中国の信仰にあったもので、朝廷において駆疫の儀式を担っていた方相氏は四つ目の面をつけたといいます。『礼記』には「掌蒙熊皮 黃金四目 玄衣朱裳=熊の皮で手をつつみ、黄金の四つ目(の面をつけ)黒い服に朱の裳」という姿で戈と盾をとって駆疫したとあります。

この方相氏による駆疫の儀式は日本の朝廷もパクって行っていました。しかし後に道教をパクった陰陽師にとってかわられることになります。

また、漢字を発明したと言われる神・倉頡も四つ目だったと伝えられています。しかしここに祀られるのはあきらかに倉頡ではなく方相氏が宿した駆魔駆疫の神であるはず。

次に2階長生殿に登ります。

長生殿には四天王に囲まれた仏陀。

その前に慈心仁聖大帝。つまりは東嶽大帝です。東嶽大帝は地府において十殿閻羅を統べ、人間の寿命を定めると考えられています。長生殿というからには東嶽大帝にお願いして寿命を伸ばしてもらうのが目的ということになります。

次に3階五百羅漢財神殿に登ります。五百羅漢に財神とついてしまっているのが気になるところ。

3階から見た眺め。東シナ海の水平線が見えます。左側の龍の形をしているのが天堂エリアです。

まず入り口の布袋和尚を拝します。布袋和尚は一応実在したと想定される中国の禅僧。後に弥勒菩薩の化身であるという伝説がうまれたため、中国では弥勒仏としても信仰されます。道教を通して中国仏教の影響も受けている台湾でも廟によっては布袋和尚の像を「弥勒仏」として祀っています。また一方でふくよかな体と笑顔、背負った布袋から富の象徴とも考えられるようになり、財神としての要素も付与されました。台湾のロトショップにはたいてい布袋和尚像が置かれています。

金剛宮では「弥勒仏」とはなっているけれど、財神殿ともなっているので財神の要素の部分もひろっているのでしょう。

本当に500体あるのかどうかはともかく、おびただしい数の羅漢像が並びます。といってもいくつかのデザインの像が複数並べられています。

中には財運を呼ぶと考えられている元寶を持たされている羅漢もいます。羅漢は阿羅漢の略です。本来は解脱を得た聖者、つまり仏陀のことを指しました。現在では仏弟子というような意味で使われています。仏教というのは執着を捨てて解脱し、成仏することを目指すものです。だから財運などというものとは本来隔絶されているべき。羅漢に元寶をもたせてしまった時点でこれは仏教ではなく道教側に寄せられていると考えるべきでしょう。

羅漢たちが居並ぶ中を歩いていきます。

羅漢には全てではないけれどネームプレートがついています。その中に「無量光尊者」なるものを発見。まさか無量光仏=阿弥陀如来のこととは思えませんが…

五百羅漢を抜けたら1階に戻って、幸福橋を渡ります。

幸福橋の横には十八羅漢の像が並びます。

石門金剛宮7 F区:王船から出口までに続く。