石門金剛宮3 B区:2階に祀られる諸神

前回の「石門金剛宮2 A区:入り口から主祭神四面仏まで」で石門金剛宮の入り口から1階正殿の主祭神・四面仏までを見ていきました。今回は2階の「B区」の解説をします。

B区の主は玉皇大帝であって太歳神ではない

では正殿横の階段から2階に上がります。階段の入口には2体のガネーシャがいます。台湾でガネーシャの姿を見ることはあまりありません。

ガネーシャは大乗仏教がヒンドゥー教からパクり、歓喜天または聖天として日本にも伝わりました。大乗仏教経由で日本に伝わったヒンドゥー教・バラモン教の神々は多いです。例えば生駒ガネーシャなどは有名。他に柴又インドラ、銭洗いサラスヴァティーなどもあります。

本来はシヴァの妻・パールヴァティーが自分の体の汚れから作り出した子供。シヴァの怒りをかって頭を撥ねられ、頭がどこかにいってしまったので象さんの頭がつれられました。

階段の途中にこんなものが。頭悪い日本人が物見遊山で甲子太歳金辨大将軍ばかり見に来るのでつけられたのでしょう。

階段の途中にいくつか仏像が安置されています。象に乗っているのは普賢菩薩、獅子に乗っているのは文殊菩薩です。従来釈迦三尊像の脇侍として祀られることが多い菩薩です。

2階に上がるとまず凌霄寶殿。つまり玉皇大帝の御座があります。

ここでまず玉皇大帝を拝します。

玉皇大帝の前には女神の最高位である西王母。西王母の右隣は「林」の文字が見えるのでおそらく天上聖母。天上聖母媽祖の人間時代の名前が林默娘です。その隣が関聖帝君。

西王母の左隣は西王母に次ぐ地位の女神・九天玄女。その隣は関聖帝君の対ということであれば文昌帝君である可能性が高いです。

祭壇の右側は太陽の神格化である太陽星君。

反対側は月の女神である太陰星君、つまり嫦娥。

凌霄寶殿の隣は孔子殿です。

中央とその右隣、どちらが孔丘かはちょっと不明。神様の序列的には中央は文昌帝君ではないかと思います。中央右隣は、孟軻である可能性もあります。左隣は文昌帝君の配下の魁星爺。「魁」はさきがけ。試験で1等をとる願がかけられる神様です。このポーズは「魁」の字を表します。

後ろにのっそり立っているのは確実に孔丘です。

その隣には巨大な中壇元帥李哪吒。風火輪を踏み、火尖槍を持っています。哪吒のようなドメジャーな神様はいちいち説明しなくてもいいでしょう。

その隣が御事廳。四面仏と関聖帝君の姿が見えます。

朝政に望む玉皇大帝でしょうか?

一番手前は「水官禹王」となっています。ということは最前列は天官紫微大帝と地官清虚大帝を加えた三官大帝ということになります。天界の神々が玉皇大帝の朝廷に列している様子を表し、四面仏もそこに参加しているということは、四面仏を主祭神としながらも、神格では玉皇大帝の下にあると示しているのでしょう。

その隣には天上聖母。神名が表示されていなくても、千里眼と順風耳に守られている女神なら天上聖母です。

その正面にまた玉皇大帝。

玉皇大帝の左右にはずらっと六十甲子太歳神が並びます。

太歳神、甲子太歳金辨大将軍については「甲子太歳をおもしろがるな不心得者ども」に書いてあるのでそっち読んでください。

この廟では、丁丑太歲汪文大将軍の頭に牛、丁卯太歲沈興大将軍の頭にうさぎが乗っています。これは他の廟の六十太歳神の像には見られないものです。

おそらく丁と頂のダジャレで、丑つまり牛、卯つまりうさぎをそれぞれ頂いているということなのだと思います。

うさぎなのに強面です。

で、こちらが宗教的意味を何も理解していないくせにテレビで見たといって面白半分で日本人が見に行くという甲子太歳金辨大将軍。

太歳神には金辨よりもっと有名な人物もいるんですけどね。

例えば曹操の軍師・郭嘉。

そして桓公の懐刀・管仲。『管子』にある「倉廩實 則知禮節 衣食足 則知榮辱」は現代日本人が最も学ぶべき言葉だと思いますけどね。

こちらが十二支に対応した神様。

そしてなぜか十二星座に対応した黄金聖闘士的な神様。さすがに十二星座に対応した神様というのはここ石門金剛宮のオリジナルではないかと思います。

六十太歳の並びから出て、媽祖の隣が千手千眼観音。

千手千眼観音は千本の慈悲の手に、千の知を表す眼がついています。甲子太歳金辨大将軍の「眼中有手、手中有眼」の元ネタこここにあるのではないかと思います。

その隣には玄天上帝。

玄天上帝は四方を守護する四神のうち北方守護の玄武が人格神とされた神様です。

玄天上帝は左右の足で玄天上帝が征伐した亀と蛇の悪神を踏んでいます。亀と蛇は玄武を構成するパーツです。

玄天上帝の前に立つのは関聖帝君。左右は黒いほうが趙公明で赤いほうは王天君でしょうか?

2階B区の最後は金柳温三府千歳。

千歳は王爺とも呼ばれる神様の総称です。玉皇大帝の勅命を受け、地上の瘟神(疫病をもたらす疫病神)、悪霊などを征伐する「代天巡狩」の職能を持った神様が千歳神と呼ばれます。

三府千歳は王爺千歳が三柱集められた祭祀様式。台北では唐朝創業の功臣朱叔裕、池夢彪、李大亮の朱池李千歳であることが多いです。

まず金府千歳。朱元璋麾下の金玄元将軍であるとする場合と、姜子牙麾下の金素であるという場合があります。

温府千歳は唐太宗麾下の温鴻将軍。

そして柳府千歳はいろいろ調べてみるとどうやら南宋の劉錡将軍のことのようです。柳と劉は同音なのでどこかで入れ違った可能性があります。劉錡将軍は中国では蝗害を防ぐ駆蝗神として信仰されていたため、王爺神に入れられたのではないかと推測されます。

こちらに三府千歳の神像。

そしてその後ろに巨大柳府千歳の像があります。

石門金剛宮4 C区七星橋からD区地獄めぐりまでに続く。