石門金剛宮2 A区:入り口から主祭神四面仏まで

前回の石門金剛宮への行き方で、入り口に到着しました。いよいよ牌楼をくぐって内部に入ります。

まず駐車場でお参り

牌楼の先は駐車場になっていて、その片隅に龍が口を開けた入り口があります。

ここが廟への入り口です。

入り口には金剛宮全体の案内図があります。

まずは駐車場にある何箇所かを礼拝します。

ここで7本線香をいただいて火を付けます。

まず牌楼横にある玉皇大帝殿から。

玉皇大帝は道教の最高神であり、天帝ですから、まず香炉の外へ向かって天を拝します。香炉の向こうには東シナ海が広がります。

次に玉皇大帝の神像を拝します。

次はこちら。

こちらは大聖爺殿。斉天大聖、つまり孫悟空を祀った祭殿です。孫悟空はもちろん『西遊記』でつくられた架空のキャラクター。しかし台湾では実際神様として信仰されています。

中には斉天大聖、そして弟分の天蓬元帥・猪八戒。あとは沙和尚ではなく福徳正神が祀られています。斉天大聖が祀られているのは珍しくもない光景。しかし天蓬元帥が祀られているのはレアケースで、私は他に台南で一例見たのみです。

香炉はないけれど一応天上聖母もお参り。天上聖母・媽祖は台湾で非常に人気がある女神様です。本来航海の守り神だったものが、今では万能の神様のようになっています。

入り口に戻って龍頭観音を拝します。観音像の向かって左は伽藍菩薩・関羽、右は護法菩薩・韋駄です。関羽は道教の神とされる以前に中国仏教が伽藍神として取り入れました。

入り口の壁画。奥は三請孔明。いわゆる三顧の礼なので特に解説は不用でしょう。手前は渭水のほとりで周文王が太公望を得た時、太公望に自分が乗った車を引けと言われて800歩ほどで力尽きたところ、周の命運は800年だと告げられたという民間説話のシーン。『封神演義』にはないエピソードですが、安納版ではこれを取り入れていました。

こちらは『封神演義』で殷の太師聞仲が兵30万を率いて西岐に攻め寄せたところ。

その隣が三戰呂布。『三国演義』で劉関張の3人が虎牢関において呂布と戦う名シーンです。その隣は哪吒三太子が東海龍王の息子をぬっ殺しているところ。

さてではいよいよ正殿に向かいます。入り口から正殿までは「二十四孝感恩坡」二十四孝の恩に感ずる坂があります。二十四孝は元代に成立した儒教的な孝行のエピソードを24集めたもので、かつては日本でも教育されていました。24全てを知りたければ「二十四孝」でググってください。ここではそのうちのいくつかを紹介します。

孝行動天。三皇五帝の一人・舜は父親は頑固者、母親はいばりんぼ、弟は傲慢であったけれど、両親のために一人田畑を耕していました。それを見た象さんや鳥たちが舜を助けました。それをみた堯は舜の孝行に感動し、2人の娘を嫁に与え、舜を後継者にしました。

ろくな両親じゃないのにそれでも孝行するのは偉いみたいなことでしょう。

嚐糞憂心。息子が両親の健康を案じてうんこをなめて体調の変化を見ていたというもの。

うんこをなめて体調管理をするというものは中医学の中にはありません。そんなことをしなくても中医学にはもっと高度な診断学があります。しかし古代インドにはうんこの味で健康状態を見るという民間療法があったらしく、仏教などの流入とともにそうしたものが中国に伝わり、もちろん医学には取り入れられなかったけれど、うんこをなめてまで親の健康を心配する孝行息子という物語に使われたようです。

これはお話であって、実際行うことを推奨しているわけではないです。

鹿乳奉親。年老いた両親が眼を患い、鹿の乳が効くと知った息子が、鹿皮をかぶって鹿の中に分け入り乳をもらっていました。ある日猟師がやってきて射られそうになったので、正体を明かし事情を話したところ、山の下まで送ってもらったという話。

うんこをなめる話とは異なり、やり方はともかくとして、病気の両親のために薬を取りに行くというのは理解できます。

臥冰求鯉。これはわりと有名な話。継母に真冬に新鮮な魚が食べたいと言われた王祥は池に行ってみたものの水は凍りついていました。そこで裸になって氷に横たわると、ヒビが入って鯉が飛び出してきたので、継母に魚を食べさせてあげられ、それを見ていた天の神が感動したという話。

乳姑不怠。唐代の節度使・崔琯のひいおばあさん長孫夫人は高齢で歯が全部抜け落ちて物を食べられません。そこで崔琯の奥さんの唐夫人がおっぱいをあげて養っていました。そのおかげで長孫夫人は何も食べずとも元気でいられました。数年後長孫夫人臨終のとき、「私はこの子の恩に報いることはできないけれど、この子の子や孫が私にしてくれたように孝行をつくしてもらいたい」と言い残して亡くなりました。

これはまあ、やり方自体はどうなのよと思いますが、高齢化社会でお年寄りを大切にしてあげるという心だけは学んだほうがいいでしょう。

坂の途中に「滴水観音」。手に持った瓶から慈悲の水を滴らせる観音様です。

親嘗湯藥。西漢の5代皇帝・文帝は、皇位についてからも母の病気のときにはまず自分が薬を毒味して自ら看病していました。

こちらはどんなに偉くても親には孝行をつくすものだというわかりやすいエピソードです。

扼虎救親。14歳の楊香という女の子。畑で働いていた父親が虎に襲われるのを見て、とっさに虎に飛びついてチョークスリーパーで首を締め続けると、虎はあきらめて去っていきました。これどうやら日本では楊香が神様に自分は食べられてもいいので父は助けてくださいと願ったらふたりとも助かったという話にされているようです。しかしタイトルは扼虎救親ですから首絞めたというほうが正しいでしょう。

戲彩娛親。春秋時代の老莱子という人物が、70歳を超えても両親の前では子供っぽくふるまい、ときには泣き出したりして両親を楽しませたというような話。アホかと思った人もいるでしょう。この話は両親を騙しているという点で儒教的にも批判されてきました。

二十四孝は中には理解できるものもありはするけれど、やっぱりおかしい話が多いのは確かで、魯迅は古人を貶め、後人のためにもならないと否定的、福沢諭吉も『学問のすすめ』で「十に八、九は人間に出来難き事を勧るか、又は愚にして笑うべき事を説くか、甚しきは理に背きたる事を誉めて孝行とするものあり」と言っています。

とはいえ、こうした説話で親孝行や長幼の序を教えるのは大切なことです。台湾人とつきあっていると非常に親を大切にしていると感じます。また、電車やバスでもお年寄りに自然に席を譲ります。譲られたお年寄りの側も素直にその好意を受け取ります。翻って日本では席を譲らない若者、せっかく譲ってもらったのに失礼だと怒り出す年寄りなどのせいで本当に席が必要な人でも席に座れない状況になっています。内容の荒唐無稽さはおいといて、やはりこうしたことを教えるのが社会を円滑にし、安定させるのではないかと思います。

この坂を登りきって右に行くと、四面仏が祀られた正殿があります。

四面仏の前には番号がついているので、その順番に従って参拝します。

1面目は国家国民の安泰、一家の平安を祈ります。

2面目は簡単にいえばお金が入ってくるように祈ります。

3面目は永遠に結ばれる結婚と夫婦和合を祈ります。

そして4面目は健康長寿を祈ります。

四面仏の本来の姿であるブラフマーはそれぞれの口からヴェーダ(聖典)を紡ぎ出すもので、シヴァの憤怒相マハーカーラが世界を破壊したあとに再生する力を持ちます。

国家安泰だの健康だのというご利益は本来の四面仏には一切ない要素で、この廟において付与されたものでしょう。

四面仏の周囲には財神が祀られています。これもいかにも道教的です。

劉海または劉海蟾は五代十国のうち後梁の丞相だったとも言われる人物。鍾離権に身の危うさを指摘されてからは職を辞し、山に入って呂洞賓、そして呂洞賓の師匠の鍾離権に弟子入りして仙術を学び、仙人になりました。全真教では五祖の一人とされます。

劉海は日本では「蝦蟇仙人」の名前でも知られます。

民間の伝説で、劉海と親しかった人が汚職をしたため死後地獄に落ちました。そして三本足の金のガマ(金蟾)に転生した彼は東海龍王の臣下となります。それを知った劉海は金で金蟾を海から救い出してやりました。すると、この金蟾は一歩歩くごとに銅銭を一枚吐き出すようになったので、劉海は金蟾を連れ歩いて貧しい人を救いました。

それ以来劉海は財神とされており、金蟾と描かれるようになっています。金蟾は汚職のせいで転生したためコインを加えていると考えられています。

蛇足ですが劉海がおかっぱ頭のイメージで描かれるため、中国語では前髪を「劉海」と呼ぶようになりました。

その周囲には台湾では主流の財神・趙公明など五路財神も祀られます。

そんな中に、まったく財神とは関係ない済公活仏。済公は宋代に実在した禅僧です。戒律を守らない風狂僧の一人。日本では風狂僧といえば一休が知られている程度。中国には何人もの風狂僧がいました。風狂は戒律を重視する仏教の中で、戒律どころか“仏”そのものまで否定し尽くし、“無”の実践をしようというもの。

済公の死後はそのキャラクター性が膨らんで、法力で悪者をやっつけるというようなフィクションが作られ人気を博しました。この点もトンチで大人をやり込める一休さんの物語が作られたのと似ています。

そうした人気から済公は民間で神様として信仰されるようになり、それが道教に取り入れられました。

ただ、道教で神様として祀られるのは済公のみではなく、清水祖師などの例もあります。

順路はここから2階へ向かいます。その2階へ行く階段の前にも、金蟾が祀られています。

石門金剛宮3 B区:2階に祀られる諸神に続く。