10月28日から屏東県東港で「迎王平安祭」

今月28日から11月4日まで、台湾本島最南端の屏東県において3年に一度の伝統行事「迎王平安祭」が開催されます。「迎王平安祭」は、屏東県にある東隆宮の醮祭です。醮を日本人にわかりやすくいえば「例大祭」となるでしょう。

迎王平安祭

迎王平安祭は、清朝統治時代より行われている大醮。現在では台湾の国家無形文化資産に指定されています。

迎王平安祭では、王爺千歳と呼ばれる神様をお迎えし、その神像を「王船」という船に乗せて海に流してから火をつけて燃やします。

これは台湾本当の南部西岸ではいくつかの地域で今も行われている厄払いの儀式。その中でも東港迎王平安祭は最も大きい王船を使い、最も大きい規模で行われます。

祭り自体は一ヶ月前の「進表」で開始されます。これは天に向かって王爺の来臨を請う儀式。続いて「設置代天府」が行われます。代天府はいわば王爺の幕府。幕府とは本来君命を受けた将軍が構える陣地のことです。王爺が天帝の命を受けて地上の悪霊などを征伐することを「代天巡狩」といい、そのための幕府が代天府です。

本祭の初日には、海辺にお神輿を出して神様をお迎えする「請水」、火を燃やした後の灰の上を信徒の方々が素足で歩く「過火」が行われます。過火は日本でも「火渡り」として行われている儀式です。どちらもインドから仏教経由で伝わったバラモン教、もしくはヒンドゥー教の儀式が元になっている可能性が考えられます。

2日目から5日目には「出巡遶境」が行われます。これは王爺がお神輿に乗せられて街を巡幸して厄を払う儀式です。

6日目にはいよいよ王船に関わる「王船法会」が始まります。船に王爺をお迎えし、王船で街をめぐるなどが行われます。

そして最終日の8日目、王船は海に流されて燃やされます。

台湾の王爺千歳信仰

王爺千歳信仰は中国南部で始まったとされ、移民とともに台湾にもたらされました。

元々は「瘟神」信仰から始まったと考えられています。「瘟神」は疫病をもたらす日本で言えば疫病神です。これは天帝が地上に派遣すると考えられていました。要するに、特に温暖湿潤な南部や台湾で多かった疫病は、天が人間の罪を罰するためにもたらされたものだと考えたということでしょう。

しかし、その後瘟神が疫病をもたらすならば、その瘟神をどうにかしたいという願望が生まれたものと思われます。そこで登場するのが王爺です。

例えば王爺千歳の一柱である池府千歲にはこんな伝説があります。

唐の高祖、太宗に仕えた武将・池夢彪は、ある日夢の中で瘟神と出会いました。その瘟神は天帝の命によって疫病を広めようと地上にやってきたところでした。そこで池将軍は瘟神を家に招いて歓待し、瘟神が酔ったところで疫病を広めるための毒を全て飲み干してしまいました。池将軍はその毒のために顔が黒くなり、目が飛び出して死にました。

毒を飲まれて勅命を果たせなくなった瘟神は池夢彪の魂をつれて天帝に拝謁します。すると、天帝は池夢彪の愛民精神に心うたれ、代天巡狩の役割を与えて王爺に封じました。

理由があって疫病を広めようとしたのにそれを防いだ人物を賞するのはなんで?とかいろいろ矛盾やツッコミどころがあるけれど、伝説なのでそういうことは気にしないように。

さてこれが実際の池府千歲の神像。顔が黒く、目が飛び出た姿に作られています。

この伝説からは、瘟神信仰からそれを防御する王爺信仰への変遷がうかがわれます。

さて、神様を乗せた船を厄とともに燃やしてしまうというのは、現在ではお迎えした王爺を天に送り返すためと解釈されています。でも、もともとは瘟神そのものを船に乗せて海に流して厄払いにするという儀式が、王爺信仰になってからも残って現在の形になったのではないでしょうか?

東港へのアクセス

台北などから高速鉄道に乗り左營へ、左營から高雄MRTで台湾鉄路高雄駅へ移動。高尾駅からバスにのり東港鎮へ。