国連の再加盟を訴えるより独立建国が先ではないか

国際連合は明9月18日ニューヨークの国連本部において総会を開きます。それに先立つ14日、台湾の「台灣入聯宣達團(直訳すると「台湾を国連に加盟させる意思を伝える団」)」は国連本部ビル前で在米台湾人と協力し、台湾の国連再加盟を訴える集会を開きました。

この集会で蔡明憲団長は、台湾の国連加盟運動は台湾民族解放運動であり、台湾人は自ら声を上げて世界中の人に台湾は中国の一部ではないこと、中国が国際社会で台湾を圧迫していること、台湾人を脅して台湾が中国の一部であることを黙認するように強制していることなどを知らしめ、台湾の国連加盟運動は、中国の統治と圧力を絶対に受け入れないという台湾人の心の声を伝えるものだと表明しました。

台湾の国連追放までの経緯

第二次世界大戦終結後、連合国のすみっこに加わっていた中華民国は中国を代表する政府として国連の常任理事国となりました。

しかし、日本軍が撤退した中国では国共内戦が勃発。蒋介石の国府軍は敗北し、台湾に逃亡します。

1949年に建国宣言をした中華人民共和国は中国の代表権は我が方にあると、国連に対して中華民国の追放を要求。国連は共産勢力の拡大を懸念し否決します。しかし皮肉なもので、その防共のために行われていたベトナム戦争でアメリカが不利になると、アメリカは中国の協力をとりつけるために中華民国から中華人民共和国への代表権の移行を容認します。

中華人民共和国が中国の支配を決定的なものとし、存在感を増すのと逆に、蒋介石政権がスローガンとして掲げる「反攻大陸」は有名無実なものとなっていきました。

ちなみにこの「反攻大陸」という言葉は、読んで字のごとく大陸に反転攻勢をかけて支配権を中華民国に取り戻すという意味です。ところが、『勇午』という漫画の台湾編では、何を勘違いしたのか台湾独立派に「反攻大陸」などと言わせていました。多分大陸に対して台湾が「反抗」するという意味だとでも思ったのでしょう。アホかと思いました。

閑話休題。1960年代後半、時代の流れは急速に中華人民共和国寄りになっていき、このままだと中華民国の国連追放は決定的でした。そこで日本政府は岸信介を特使として派遣。蒋介石に中華民国の国号を廃棄し、台湾国として国連に残留するように説得にあたらせました。

しかし蒋介石はそれを拒否。アメリカは国連に対して中華民国を常任理事国から外しながらも議席だけは残存させる案を提出するも否決され、中華民国は国連より追放されました。

蒋経国の死によって蒋氏独裁が終了した台湾は、民主化後国連への再加盟を要求しています。特に陳水扁総統時代には「台湾」名義での再加盟を申請しているもののそれも拒否されています。そこには当然中国の意志が働いているでしょう。

国連再加盟は台湾建国が先ではないか

現状の台湾は国民の意思により政権交代が何度も行われている民主国家です。しかし、それと同時に形の上では中華民国支配下のままです。台湾は当然「中国代表」としての国連加盟を求めているわけではありません。中国側は今でも国共内戦が続いており、中華民国側も台湾を含めた「一つの中国」を支持しているのだという虚構に基づき台湾の領有権を主張しているわけですが、もとより中国に台湾の領有権はありません。

しかし、国号を中華民国としている限りはその虚構は活かされます。台湾が活路を見出すためには、まず中華民国を捨て、台湾国として独立建国するしかありません。その上でなら中国と国交を結んでいる国々とも国交を回復させることができるし、国連へも再加盟ではなく新しい国家として新たに加盟できるでしょう。

ゆえに、今国連への再加盟を求めるのは順序が逆です。現状維持などという中途半端な状態でいるからそれを中国に利用されているのだから、まずは明確に台湾は中国の一部でも中華民国でもない国であるとして、国際社会に承認されるのが先ではないでしょうか?