台湾の宗教

台湾は多民族国家なので数多くの宗教が信仰されています。原住民には素朴なアミニズムやシャーマニズムがあったようです。原住民の一部には首狩りの風習がありました。頭は魂が宿るところで、その力をもって天災や疫病などを避けるために狩った頭を祀ったりなどもしていたようです。

流石に首狩りはアカンということで、日本時代に禁じられましたが、総督府は首狩り禁止と合わせて、信仰対象を日本の神様にすり替えようとしたりもしています。

台湾のキリスト教

日本時代より以前、オランダが台南を占領していた時代にはキリスト教も伝えられています。オランダはプロテスタントですから台湾に伝わったキリスト教もプロテスタントです。現在でもキリスト教信仰は盛んであり、主流は長老教会を中心としたプロテスタント。しかし同時に天主教=カトリックの信徒もプロテスタントの半数ぐらいはいるといいます。


長安東路の長老教会


長老教会の斜め向かいにある天主教の教会


イギリス発祥のパプテスト教会系の教会

台湾の仏教

台湾に仏教が流入したのは清朝統治時代です。中国から台湾に移民してきた福建の漢人は観音信仰を持っていました。これは仏教というよりは仏教から派生した民間信仰です。萬華の龍山寺などは民間信仰化した観音信仰が台湾に伝えられたものです。

清朝統治時代の台湾における仏教信仰は、仏教そのものよりも観音仏祖や地蔵王菩薩を神として信仰するもので、道教の神との区別はあまりついていなかっただろうと思われます。ただし、出家した仏僧も台湾に渡っており、龍山寺などは僧侶が住持を務めていました。

日本統治時代になると、日本の仏教宗派が台湾に流入し、布教のためというより縄張り争いとして信者を増やしていきました。その中でも力が強かったのはやはり浄土真宗です。以前重慶南路でスイッチを押すと念仏を唱えるという自動念仏機のようなものが配布されていたことがあります。おそらくは浄土真宗のものだと思われ、台湾で変なふうに発展したことがうかがわれます。

念仏宗では浄土宗も渡りました。台北駅の近くにある善導寺は日本時代に建てられた浄土宗の寺が元になっており、今ではホテルのようなビルを建てています。たいそう儲かったのでしょう。

日本時代に建てられた寺で今でも仏教寺院として続いているのは他に桂林路のカルフールの近くにある法華寺があります。ここは日本時代の大正8年=1919年に日蓮宗の寺として建てられた、現存する日本式の仏教寺院としては台湾最古のものです。日蓮宗は純日本産なのでおそらく日蓮宗として受け継がれているものではないでしょう。現在では観世音菩薩が御本尊になっているとのこと。現在どの宗派がこの寺を使ってるのかは情報不足でわかりません。

もう一つ、圓山駅の近くにある護国禅寺は臨済護国禅寺は臨済宗妙心寺派の台湾別院として建設されました。戦後は国民党占領軍の軍用地として接収された時期があったものの、現在は妙心寺派に復帰しています。

戦後になると、中国からも僧侶が渡って広く布教します。それと同時に台湾人僧侶による布教も活発になります。台湾人僧侶の仏教宗派は社会貢献につとめ公共性が高く、一部の中国人の宗派は蓄財につとめて統一を支持しています。

また、台湾では仏教と道教の壁は低く、仏教の僧侶が道教の廟で法要を行っている姿は何度も見ています。


西門町の台北天后宮


士林の芝山巌恵済宮

台湾の道教

台湾で主流の宗教は道教です。道教は清代に福建や広東からの移民とともに伝わりました。特に盛んなのは媽祖信仰。ついで王爺千歳信仰。媽祖は福建沿岸で信仰されてきた航海の女神であり、王爺千歳は、玉皇大帝より霊界の悪霊や瘟神などを取り締まる「代天巡狩」の役割を持った神様です。

俗に南王爺、中媽祖、北城隍と言われ、台湾の北部では城隍、中部では媽祖、南部では王爺信仰が盛んであるなどと言われてはいるとはいえ、これは割り合いの問題であって、北部にも媽祖廟や王爺千歳を祀る代天府もたくさんあるし、他の地域でもそれは同様です。ただし、南部に王爺廟が多いのは確かだと台南を巡ったときに感じました。

宗派でいうと主流は正一教。これは東漢の時代に張道陵が起こした五斗米道が受け継がれた宗派です。戦前にあった正一教の信仰は主に南方正一教別派の閭山派、閭山派のさらに分派である三奶派、法主公派など、移民の出身地ごとに様々な宗派が入り混じっています。


臨水三夫人を祀る三奶派の艋舺三清宮


法主真君張慈觀を祀る法主公派の法主公廟

以前、別の記事で台湾総督府は積極的には道教を弾圧してはいないと書いたことがあります。ただし台湾の道教廟のことを調べていくと、道路拡張などのために総督府に取り潰され、その後信徒の寄付などによって別の場所に再建された例などを見るので、積極的に弾圧をしてはいなかったものの、非常に軽視していたという認識でいました。

ところが『台湾の民族と文化』(六興出版)を見ると「寺廟整理」という記述がありました。一部引用します。

あの寺廟整理問題ってこと、御存知でしょう。台湾の廟を売ってしまって、財産を整理して、それを何か他のことに使おうということです。

~中略~

その寺廟整理が盛んな時にですね。中歴(原文ママ)ってところの私の知り合いが来ましてね、「すまないけど、この廟の御神像をね、焼けってことになって、焼かなきゃならないんだ。だけどどうしたって、こんなに皆が崇めてた物を焼く気にはなれません。だから帝国大学の標本室に、どうか飾ってください」って、私の所に駆け込んできたんです。なんとね、それトラック二台分あったんですよ。で、仕方なしに標本室に一部飾りました

~中略~

方々で御神像を焼いてしまって、と言うより、焼かされたんですね。

この本は宮本延人、瀬川孝吉、馬渕東一という日本時代の台湾で研究を行ってきた学者の先生方が行った鼎談が元になっており、この部分を語っているのは宮本延人先生です。

地域の信仰の場である廟を売り払い、神像を焼いてしまう。これは明らかに弾圧といえるものですね。総督府が台湾で行ったインフラ整備、教育などは台湾を発展したものとして好意的に評価されています。しかしその裏にこのような宗教弾圧が行われていたことも知っておくべきでしょう。

戦後はそこに加えて、正一教本家である張天師が台湾に渡っています。そのため、正統正一教は台湾にあるということになっています。

正一教系列とは別に道教の占いである扶鸞から発展した「鸞堂」の信仰があります。鸞堂は「儒宗神教」を名乗り日本時代に発展しました。鸞堂はアヘン撲滅などを主張していたために総督府の方針と合致し、あまり目をつけられなかったようです。

「儒宗神教」、儒教を宗とすると名乗っているものの、内容的には明らかに道教。五恩主信仰の鸞堂系の廟である木柵の指南宮は、現在では道教の最高神・玉皇大帝を祀る凌霄寶殿を置き、道教学院を併設しているので、彼ら自身も道教の一派であるという認識になっていると思われます。

ちなみに台湾ナビなどで指南宮を台湾道教の総本山などとしています。しかし上記のように台湾では正一教各派が主流で、それぞれの派閥にも「総本山」などというものはなく、ましてや鸞堂の指南宮が総本山であるはずがないです。

中国で生まれ、中国からの移民が持ち込んだ道教ではあるけれど、それを信仰している=中国人アイデンティティーを持っている、統一を支持しているということではありません。

例えば現在台湾政界で独立派の最右翼にいる立法委員の林昶佐=ヘビメタバンド閃靈のボーカルフレディは、地盤である萬華の廟を頻繁に参拝しており、龍山寺近くの青山宮などは文化財としての保護にもかかわっています。その青山宮で年に一度行われる台北最大のお祭り「青山祭」ではお祭りに合わせて音楽フェスを開催し、昨年はなぜか夢みるアドレセンスが参加していました。

とにもかくにも道教は台湾人にとって非常に大切な信仰であることは確かです。