台湾が存立し続けるためには中華民国の放棄が必須である

蔡英文総統が中南米歴訪から帰国した翌日の21日、エルサルバドルが台湾というか中華民国との国交を断交し、中国と国交を結びました。そもそも論としてこのような状況を招いたのは蔡英文総統のせいではなく、それよりはるかにさかのぼって蒋介石のせいです。

蒋介石が国連を脱退

終戦後、中華民国は国連安保理常任理事国でした。しかし、国府軍が中共軍に負けて台湾に逃亡し、1949年に中華人民共和国が成立すると、中国は自身を国連常任理事国とし、中華民国を追放するように求めます。共産主義の拡大を警戒するアメリカなどはそれに反対をしてきました。

中国は地道に味方を増やし、国連で自分たちが「中国」という国の代表権を持つ権利があると働きかけます。その結果1971年の国連決議において、中華民国は代表権を奪われます。日本は最後まで中華民国の国連脱退に反対していましたがこれによって中華民国は国連から追放されることになりました。

これに先立つ1969年、日本政府は密かに岸信介を台湾に派遣して蒋介石の説得に当たらせました。それは、中華民国として中国代表を主張するのはやめ、台湾国として国連に残留してはどうかというものでした。しかし、蒋介石はそれを拒否、最後まで「中原回復」の妄想を捨てられず、「中国」であることにこだわり続けたために国連を追放されることになってしまったのです。つまり、蒋介石が今日の台湾孤立の礎を作ったと言っても過言ではありません。

中華民国に「中国」を代表する権利がなくなったため、それまで中華民国と国交を結んでいた国々は中華人民共和国と国交を結びました。日本も中華民国が国連を追放された翌年の1972年に中国と国交を樹立しています。

もはや中華民国ではたちゆかない

民主化した現在でも台湾は中華民国による支配を受けているという状況です。それは、中華民国憲法によって国号の変更が容易にできなくなっているためです。在任中、李登輝は中華民国体制を脱することができなかったと批判していた陳水扁総統も結局はそれを実現することはできませんでした。

なぜ国号が中華民国のままで、中華民国憲法のままではいけないのか?それは陳水扁政権の後に馬英九政権が誕生したことからもわかります。馬英九は本籍が香港で台湾籍を持ちません。それでも総統になれたのは中華民国がいまだ中国を領土とするという虚偽によって支えられている中華民国憲法によります。今のままでは台湾人以外でも総統になれてしまうのです。

2年後の総統選挙で蔡英文総統が破れ、再び国民党政府になった場合、統一を急速に進められるという事態にもなりかねません。台湾が台湾として独立を保つためには、もはや中華民国体制を捨て去り、台湾国として独立するしかありません。台湾独立派はずっとそれを主張してきました。

「中国」を名乗らない一国として独立すれば、国連に加盟する道も開け、断交している多くの国とも国交を結べるようになります。

中国が必死に「92共通認識」を振りかざすのは、「一つの中国」原則において台湾側に「一つの中国とは中華人民共和国を指し、台湾はそこには入らない」という単純な理屈を持ち出されると困るからです。「92共通認識」は、中国と台湾がお互いに「一つの中国」を堅持し、しかしその「中国」をどちら側か主張するのはやめておくというものです。これにより、中国は台湾も「一つの中国」に含まれると主張するこができます。しかし、1992年当時総統であり、中国と両岸対談を行った李登輝元総統はそもそもその共通認識は存在しないとしています。

だから先日も85度Cに「92共通認識」と「一つの中国」原則を守ると宣言させたわけです。いくら中国が言い張っても、台湾側がこれを認めなければ成り立たないからです。

「92共通認識」は台湾にとって何一つメリットはありません。だからとっとと公式に「92共通認識」の存在がないことを宣言し、自分たちが中国を支配しているという妄想憲法を廃棄し、新たな国として立つべきであるのです。

蔡英文政権がすべきことは、現在国交を結んでいる国をどうにかしてつなぎとめることではなく、もっと根本的なことでしょう。蔡総統が言った「換骨奪胎」にはその意味が含まれていると信じたいところです。