台湾企業がサトウキビの絞りカスを利用したストローを開発

台湾で予定されている使い捨てプラスチックの全面禁止政策で注目される、台湾名物のタピオカミルクティーをプラスチックストローなしでどうやって飲めばいいのかという問題について、私は以前すでに紙製ストローがあるのでそれでいいんじゃないかということを書きました。しかし、紙製ストローというのは紙製だけに耐水性に難があるそうなのですね。じゃあなんのためのストローなんだ。

サトウキビストローがタピオカミルクティーを救う?

台湾では神ストローよりも現実的っぽいものを開発した人が表れました。

台中市の鉅田友善材料有限公司代表・黄千鐘さんは、サトウキビの絞りカスを再利用したサトウキビ繊維ストローを開発。今月すでに販売されることになっています。

黄千鐘さんは朝陽科学技術大学の応用化学系卒業。ブラスチックレス社会を提唱し、循環経済を確立するために農業資材、竹やコーヒーかすなどの廃棄物などを回収、再利用することで廃棄物ゼロを目指し、循環社会が永遠に続くための研究をしてきました。サトウキビの絞りカスストローもそうした研究の成果として誕生したようです。

サトウキビ繊維のストローは完全植物性で無害。自然界で分解可能。コーヒー色をしており甘い香りを発するとのこと。鉅田友善材料有限公司には、すでに中国などから問い合わせがあり、またフランスのワイナリーからはぶどうカスなどの再利用についての相談が来ているとのこと。

台湾のサトウキビ産業はオランダ統治時代から

大航海時代、砂糖は胡椒や茶などと同じぐらい貴重なものでした。東洋から茶が伝わった当初、貴族たちが茶に砂糖を加えて飲んだのは、渋いお茶を甘くする以外に砂糖を自由に使えるというステータスとして行っていたという話もあります。

台湾南部は17世紀初頭にオランダに占領されます。オランダ東インド会社は台南を東洋貿易の拠点とするとともに、漢人を移入させてプランテーションも行っていました。その産業の一つにサトウキビ栽培があります。

オランダを駆逐して台南を占領した鄭氏政権も、サトウキビ栽培をそのまま継承し、砂糖や鹿革などは日本にも輸出されていました。

清朝統治後もサトウキビ栽培は奨励され、日本時代の糖業発展の基礎を作っています。

台湾のサトウキビ産業は日本時代に発展

1895年、日本は下関条約により清国から台湾を割譲されました。日本で書かれた台湾関連の本を見ると「永久割譲」とされていることが多いですが、割譲というのは割って譲るということで、期限を切った租借ではないために本来なら「永久」などとつける必要はないようです。要するに台湾は日本の新領土となりました。

台湾総督府による台湾経営は第4代台湾総督・児玉源太郎により抜擢された民政長官・後藤新平の施策によって安定します。その後藤に請われ殖産課長として台湾に赴いたのが、当時すでに『武士道』によって知られていた新渡戸稲造でした。その理由は、総督府が推進する糖業が思うようにはいかず、サトウキビの生産高が減少していたためです。新渡戸は札幌農学校出身の農業経済学者でした。

新渡戸は1年をかけて欧州や欧州諸国の植民地の農業を視察して回った後台湾に渡り、台湾のサトウキビ産業を見た後『糖業改良意見書』を提出します。この意見書で新渡戸はサトウキビの品種改良や栽培方法、肥料の改良、灌漑設備の建設、開墾の奨励などを具申しています。

それに対して総督府は『台湾糖業奨励規則』を発令。新渡戸の意見を受けてインドネシアから生産性が高いサトウキビを移植するとともに品種改良も行い、サトウキビの生産高は飛躍的に上がって、磯永吉博士が蓬莱米を開発するまでは、台湾の主要な経済作物はサトウキビでした。

現在サトウキビ栽培は衰退

サトウキビの栽培農地は田んぼに転換可能であったため、蓬莱米が開発されてからはサトウキビ生産から米作に転換する農家が増えました。しかし、蓬莱米が日本本土に輸出されるようになると、本土の米市場を圧迫するようになったため、総督府はサトウキビの買い付け価格を上げたり、米農家のサトウキビ栽培への転作を奨励するなどしました。

戦後台湾が中華民国に占領された後も、サトウキビは台湾の主要農産物の一つで、最盛期には生産量が年間1200万トン近くにまでなりました。しかし、蒋経国政権以後の工業化などで徐々にサトウキビの生産量は減少し、現在では沖縄を中心とした日本のサトウキビ生産量を下回るまでになっています。

それでも年間のサトウキビ生産量は50万トンほどはあり、数十万トンは廃棄物になっていますので、それを再利用してストローにするというのは非常に価値があることだと思われます。

台湾のみならずカナダやアメリカでもプラスチックストローの禁止の流れができつつあり、企業単位でもスターバックスやマクドナルドがプラスチックストロー廃止を決めています。日本で全面的にプラスチックストローやレジ袋などの廃止を行うのは現実的ではないとはいえ、こうした廃棄物を利用した代替品により石油製品を減らしていくのは学ぶべきところもあるように思えます。