今日から「鬼月」

今日から台湾は農暦7月の「鬼月」になります。鬼というのは中国から伝わった地獄の鬼卒のイメージや鬼門の艮=牛と虎というダジャレから日本人がでっち上げた角が生え虎柄パンツをはいた「オニ」のことでもラムちゃんのことでもゼロツーのことでもなく、日本語で言う幽霊のことです。

中元節に地獄の釜の蓋が開く

農暦7月15日の中元節は漢代ごろには秋の豊作を祈る秋祭りの日で、後に道教に取り入れられ、三官大帝の一員・中元地官大帝の誕生日とされました。地官大帝は地府つまり地獄を管理する神様であり、その属性は赦罪なので、地官大帝の誕生日である農暦7月15日には地獄の釜の蓋が開き、亡者が恩赦によって地上に現れるとされます。


上元・中元・下元の三官大帝

一方中国に伝わった仏教は、祖霊信仰が根強い中国で布教するために、儒教をパクって仏教式の先祖祭祀を作り上げました。今日本人が仏教のものだと思いこんでいる位牌はそもそも儒教からパクったものです。

古代中国では人は死ぬと精神の基礎である魂と肉体の基礎である魄に別れ、放置すると散じると考えました。そこで魂を位牌に留め、死体は棺に収めて魄の拠り所としておけば、いずれ魂が肉体に戻って復活すると信じていました。そうした中国古来の死生観を受け継いで儀礼化したのが儒教です。

ゆえに孔子廟では道教の廟のような神像は置かず、位牌のみを祀ります。これは、道教のように神仙の加護やご利益を願うためではなく、先祖、先人を祀るためです。日本人が“仏”壇といいながらも親や先祖の位牌を優先して拝むのもそうした儒教の影響であると、東洋学者の加地伸行氏が著書『儒教とは何か』で述べています。


台北孔子廟に祀られる位牌

これはつまり魂の不滅を信じているということであり、仏教とは180度違う思想です。ところが中国仏教は教義よりも布教を優先させて儒教に寄せた中国人に馴染みやすい形にアクロバティックなローカライズをしました。その中国仏教は日本に伝わり現在の葬式仏教になります。

日本には孔丘が「鬼神は敬して遠ざける」と言ったから儒教では霊の類は認めないとか言う人もいるようだけど、いると信じるからこそ敬ってあまり触れないようにしようと言っているわけです。

そうした流れの中で中国仏教では『盂蘭盆経』という偽経がでっちあげられました。これはお釈迦様の弟子である目連尊者(モッガラーナ)が、地獄に落ちたお母さんを昇天させるために供養を行ったというストーリーで、盂蘭盆会つまりいわゆる「お盆」の元ネタです。日本のお盆は中国人がでっちあげた偽経を真に受けて行われています。


彰化南天宮「魔界怪譚」の「目連救母」

やがて道教の中元節と仏教の盂蘭盆会は習合され、地獄から地上へ舞い戻った鬼を普度、つまりあの世へ送ってあげるという日になりました。それが台湾にも伝わり、中元節がある農暦7月は鬼がちまたを歩き回る「鬼月」ということになったわけです。

台湾の孤魂信仰

もう一つ、台湾には孤魂信仰というものもあります。これは、戦争、疫病、械闘(集団私闘)、天災などで亡くなり、身元がわからず供養してもらえない魂=孤魂はそのままにしておくと悪鬼になってしまうので神様として祀ってそうならないようにしようという信仰です。台北にも有應公、聖公聖媽などの廟がありこれは孤魂を祀ったものです。


迪化街二段の聖公媽


士林の有應公媽廟。左右は福徳正神夫妻か?

日本の神道にも怨霊を祭り上げて神様にしてしまうという思想がありますが、これは怨霊になっちゃった人を泥縄的に祀るというもので、予防措置的な孤魂信仰とは少し違います。

台湾の中元節にはこうした孤魂も済度するという機能があります。

鬼月には、街に出てきた亡者が食べられるように食べ物が備えられます。

鬼月の禁忌

鬼月にはいくつかの禁忌があります。

蘋果日報の【鬼門開】鬼月5大禁忌不可不知 小心衰運上身という記事にあった禁忌を紹介します。

禁忌1:夜に人が少ない場所で写真を撮る
人が少ない場所は陰気が重く、特に墓のそばは注意が必要。もし敬意をはらわず心霊写真などを撮ろうとして同じフレームの中に霊が入ってしまったらその陰気にしばられ自分の体につけて連れて帰ってしまう。また、フラッシュは好兄弟(鬼)の注意を引き、ついてこられやすくなる。

禁忌2:夜に服を干さない
物干し竿は中空なので霊が潜みやすい場所の一つ。夜に服を干すと、物干し竿で休んでいた霊を(とりこむときに)いっしょに家の中に入れてしまう。現在の住環境であれば比較的問題はないが、もし生後半年以下の幼児がいると、まだ敏感なため驚いてしまう。やはりしきたりに従ってやめておいたほうがよい。

禁忌3:地面のお金を拾ってはいけない
かつては「冥婚」というものがあり、或いは紅包で運を変えたり悪運をやり過ごす方法があった。地面に置いてある紅包をひろうとケガレまで拾ってしまったり、冥婚の対象になってしまう。また、お金を拾うと霊体まで一緒についてきてしまうかもしれない。

禁忌4:室内で傘をささない
鬼は暗いところを好むため、傘の影によってきてしまう。夜に傘をさすと鬼も傘と一緒についてくる。また、頭の上の「元神」を遮って運気が落ちるとも。

禁忌5:「鬼」を口にしない
鬼を話題にすると好兄弟が何を話しているのかと興味をもって集まってきてしまい、体に憑いていっしょに来てしまう。特に鬼を笑い者にするとそれが本当になってしまうかもしれない。

※括弧内は訳者による

さていくつか解説すると、鬼は陰に属するものなので陰気が濃くなる夜、特にさらに陰気が集まる墓などに集まりやすいと考えられています。

服については人に近い形をしているため、鬼の形代になってしまうとも言われます。

冥婚は、若くして亡くなった独身女性の親がそれを哀れんで結婚相手を探すというもの。地面に紅包、赤い袋を置いておき、それを拾った人が結婚相手に選ばれて亡くなった女性の婿とされてしまいます。今でも一部で行われているとかいないとか?

また紅包には悪運の人のケガレがついていることもあるので拾うとそのケガレまで拾ってしまいます。

元神は中医学では先天の気のことだし、内丹では「真の自分」みたいなもので、修行によって頭上から出すことができるようになるともいいます。ただ、ここで言っているのは自分の頭上にいる守り神みたいな意味ではないかと思います。しかし傘をさす程度でリンクが切れてしまうなら室内に入ってもダメだと思うんですが。

禁忌は他にもいろいろあります。

・食事のときにご飯に箸を刺してはいけない。これはそうすると線香のように見えて、好兄弟が自分の食べ物だと思って寄ってきてしまうから。

・夜には口笛は吹かない。夜に口笛を吹くと好兄弟に好意を持たれてしまうから。

・水死した霊「水鬼」がかわりになる人を探しているので、水際では遊ばない。

・お供えものを食べない。これは自分のための食べ物をとられた好兄弟に呪われるから。

・風鈴も好兄弟を呼び寄せるのでかけない。

・路上の死亡事故現場の前で失礼なことを言ったり思ったりしてはいけない。

・紙銭(先祖があの世で使うために子孫が燃やす紙)を踏んではいけない。

・好兄弟にひがまれないために鬼月には結婚しない

・好兄弟が入ってこないように鬼月には家を買わない

などなど。多分地域によっていろいろ違うのだと思います。

女性の死体に対して「こんなに若いのに気の毒に」などと言ってしまうとその女性の鬼に憑かれてしまうなどというものもあります。

本当に地上に鬼がうろついているかどうかは別として、これも台湾の文化であり習俗でありますから、日本人も敬意をもって接するべきでしょう。