蔡英文総統の支持率低迷は台湾人の「独立意識の低迷」ではない

台湾人女優の宋芸樺さんが、過去に一番好きな国は台湾だと答えた動画がほじくり返されて中国で批判され、SNS微博で「私は中国人」と書き込んだ事件。これはもちろんしっていましたが、その直後はハラワタが煮えくり返って冷静な記事を書ける自信がなかったのであえて触れずにいました。

これが中国進出リスク

実は台湾の芸能人が日本に進出しようとしていた時期がありました。例えば香港の『霊幻道士』シリーズのヒットに乗っかって台湾で作られた『幽幻道士』シリーズに「テンテンちゃん」役で出演していた劉致妤(シャドウ・リュウ)さんは大人になってから日本のドラマや映画に出演したものの、あのテンテンちゃんが大人になったというような話題以外では大きく注目されずに、結局台湾に活動の場を戻しています。

3人組アイドルユニットのS.H.Eは台湾で人気が出た後日本語混じりの歌で日本進出を目指したものの鳴かず飛ばず。中国に進出して大人気となりました。

あの金城武さんですら、日本で一時期ドラマや映画に出た後はやはり古巣の香港映画界に戻りそちらで活躍しています。

金城さんは日本国籍なので別枠としても、台湾の芸能人にとって日本の芸能界は憧れでありつつ非常に高い壁でした。日本人でも人気者になれるのはごく一部なのだからしかたない部分もあるのでしょう。それに対して中国は言葉も通じるし、エンタメ業界については台湾のほうが中国よりも発達している。また中国人も台湾のテレビドラマなどを見て台湾人芸能人に親しみがある。ということで台湾人の芸能人は今多数が中国に進出しています。そこには中国のほうがギャラが高いという事情もあるようです。

しかし、逆にそれが今回の事件のようなリスクを生んでいるわけです。

私は宋芸樺さんを非難するつもりはまったくありません。ハラワタが煮えくり返ったというのも、25歳という若い女の子にそんなことを強制した中国に対してです。この件は宋芸樺さんが関わる人達にも影響するだろうから、たとえ宋さんがどう思っていようと、宋さん一人の判断でどうにかできたものでもないでしょう。憎むべきは宋さんではなく中国です。

問題は芸能人だけではない

今回のようなことが起こったのはこれが初めてではありません。台湾でトップレベルの複合企業「奇美」の創業者で、日本時代に生まれ、親日派であり台湾独立派でもある許文龍さんは、2005年に「台湾の独立を支持しない」という宣言を出しました。

これは、中国に進出し、多数の社員を中国に置いていたことで人質とされたためにやむなく出さざるを得なかった宣言であり、許文龍さんを知る誰もが、本気で台湾独立を認めないなどと言うはずがないことを知っていました。

これが中国が台湾に対して行う文攻武嚇の一環であることも明らかで、それをわかっていた李登輝先生は70%を上回るという対中依存に警鐘を鳴らしていましたが、不景気に沈む台湾で中国に活路を見出そうとしたのは仕方がないことでもありました。日本の企業も今でこそリスク回避のために中国から撤退するところが多くなったとはいえ、その当時は台湾ほどではなくても中国への依存度がたかまり、マスコミは中国の購買力とやらへの期待を煽り立てていたものです。

隙を見せて相手を引き込み、十分に相手が入り込んだところで包囲殲滅するという戦法は『三国演義』に記される諸葛亮が夏侯惇を破ったやり方です。中国は今、台湾企業や留学生、芸能人などに優遇措置をとり、引き入れておいて、泥沼にはまらせるという戦術をとっています。今回の騒ぎもその流れで表れた氷山の一角にしかすぎません。

ただ救いなのは、こういうことが起こった場合に台湾の特に若い世代は萎縮せずに反発し、台湾意識を高めるということです。

蔡英文総統に期待されていること

このところ蔡英文総統の支持率が下がっていると報じられています。蔡総統政権になってからも台湾は不景気を脱してはおらず、むしろインフレ傾向になっているのに給料は上がらない状況に若い世代が不満を持っているのは確かです。

そしてもう一つ不満を持たれているのは、蔡総統を代表とする与党民進党の「現状維持」路線です。現状維持でどうにかなっていたのは、中国と交流をほぼ断っていた陳水扁政権まで。その後馬英九が「三通」つまり中国との通商、通航、通郵を開放し、中国人観光客の受け入れをしてしまったために、台湾には中国人が流入し、中国には台湾人が流出するという状況ができあがってしまいました。

こんな状況で現状維持をしようとすれば、じわじわと中国に飲み込まれるだけであり、実際今そうなりつつもあります。だからこそ、そこに危機感を持った人たちは蔡英文政権に不満を持っているわけです。支持率の低下は台湾人の「独立」意識が低くなっているからではなく、むしろ逆であるがゆえであると言えます。

蔡総統がするべきなのは現状維持という後退ではなく、中華民国体制を放棄した台湾国としての真の独立を進めることでしょう。それを成し遂げなければ、また国民党政権に戻って統一を進められる危険性は依然として濃厚なのです。