九份は『千と千尋の神隠し』のモデルじゃないって宮﨑監督が言ってるから

今日図書館である本を読んでいたら、運動すると疲労物質の乳酸が蓄積して云々などと書いてあったので「はぁ?」と思って発行年を見たら2013年だったのでびっくり。しかもそれを書いたのが医師だというのだから2度びっくりです。乳酸が疲労物質などではないことはすでに2004年ぐらいに判明し、それから10年以上たってもそれを覆す説というのは出ておらず、つまり乳酸が疲労物質ではないということは現在では常識になっています。医師だったら2013年の時点でそれを知らないのはおかしいわけです。

このように、一度入れた情報を更新できない人というのは一定数います。孫悟空のモデルがキンシコウだなんていうのもその一つで、言い出した本人が間違いだったと否定しているのに、最初に出た情報だけ信じ続けている人もまだいるようです。

九份と『千と千尋の神隠し』は公式で無関係

台湾の九份がジブリアニメ『千と千尋の神隠し』の舞台のモデルだなどというのもその一つ。

九份は台湾北東部の山中にある集落で、日本時代には金鉱の街として栄えました。日台ハーフのアーティスト・一青窈さんの台湾人のお父さんは九份の金鉱主だったそうです。しかし、終戦後から採掘量が減少していって、1971年には閉山し衰退します。ここらへんは日本の鉱山町の衰退と同じような経過です。

しかし、1989年に公開された映画『悲情城市』の舞台になったことで再び脚光を浴びるようになります。『悲情城市』は日本の敗戦による日本人の台湾引き上げから228事件までを描いた作品で、台湾好きって言うなら必見の映画です。

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1989年というのは蒋経国が死んだ翌年で、副総統だった李登輝先生が総統代理を務めていた台湾民主化前夜です。『悲情城市』は、蒋氏独裁政権では口に出せなかった228事件を正面から取り上げたことで大ヒット作となって、ついでに九份に今でいう聖地巡礼に行く人が増えました。

九份は忘れられていた街だけあって日本時代からの古い街並みが残り、レトロな雰囲気はまず台湾人観光客に受け、そして日本人にもだんだん知られるようになっていきました。

そして、『千と千尋の神隠し』公開後、誰が言い出したのか九份がモデルだと言われるようになります。確かに昭和レトロな街の雰囲気はあの温泉地に似ていなくもない。でも、日本人からしたらそりゃないだろうという感じはありました。

と思ったら、台湾メディアの取材に対して宮崎監督自らも否定しました。

https://www.youtube.com/watch?v=XJ9BnbkRzOg

てなわけで九份と『千と千尋の神隠し』のつながりはまったくないことが分かっているんですが、いまだにモデルになっただとか、あとは知っていてやってるんだと思うけど「モデルになったといわれている」とか書いてるブログなんかはまだあります。

でも、嘘だから。

ところで九份は今ではすっかり観光客ズレしていて、雰囲気悪くなってるって一青窈さんのお姉さんの一青妙さんが苦言を呈しておられます。私は九份行くならその近くの猴硐の猫村に行って猫なでてきますね。

2003年に訪れたときの写真。当時はまだ今のような賑わいは見せていない。